信虎は暴君や猛将
信玄は名君や名将
では勝頼は?
となると、暗君とか愚将、猪武者
と考えてる人が多いんですかね?
まあ、確かに武田家を潰した当主なんでしょうけど
自分は名将の部類に入ると思ってます。
実際、武田氏の最大版図を築いたのは勝頼ですし。
確かに、長篠では痛い敗北を喫しており
この戦いで、愚将と思っている人が多いと思いますが
信玄だって、家督相続後
血気に逸って無駄な出兵をした挙げ句
『砥石崩れ』という大敗北を喫し
板垣や、甘利等を討ち死にさせ
連合崩壊の危機に陥った事もあるんですから
この戦を以て勝頼を評価するのは、いかがなものでしょうか?
本によっては
信長が、長篠勝利後
すぐに甲斐に進軍しなかったのは
信長が甲斐の内部分裂を狙って放置していた
と記述しているのもありますが
信長って、潰せる時に一気に潰しにかかる性格ですよね?
その信長が、時が来るまで慎重に対応していたという事だけで
勝頼は当時から、油断の出来ない人物として見られていたのでは?
と思っています。
現に勝頼は、この大敗後
甲斐の立て直しに見事な手腕を発揮し、7年間甲斐を守り通しています。
あまり注目されないトコが非常に可愛そうなんですが(;^_^A
これは、勝頼が戦に強いだけの猪武者でなく
統治者としても有能であったという証拠です。
甲斐が信長に対抗出来なくなった最大の理由は
鉱山から、金の算出が無くなったからです。
甲斐は元々貧乏国ですが
信玄の時代は、金山のおかげで、貧弱な経済基盤を支えていました。
ですが、勝頼の時代になると
もう金は採れなくなっていたそうです。
まぁ、こうなると
国人衆の忠誠を留めるのは難しくなるわけでして・・・
結局の所、甲斐は自滅同然で滅んでいきます。
もし、この時まだ信玄が生きていても、武田の崩壊は防げなかったんではないでしょうか?
俺は、勝頼の話をする時
家を潰した当主として
よく浅井長政と比較させます。
長政は自分の判断ミスで
織田家を敵にまわし
姉川の敗戦後
わずか3年で浅井家を滅ぼしていますが
勝頼は長篠の敗戦後
周囲に敵を抱えながら
7年間国を維持しています。
これだけ見ても
勝頼は無能ではなかった事がわかるんじゃないですかね?
しまった、簡潔に書くつもりが
長くなってしまった(;^_^A
信玄は名君や名将
では勝頼は?
となると、暗君とか愚将、猪武者
と考えてる人が多いんですかね?
まあ、確かに武田家を潰した当主なんでしょうけど
自分は名将の部類に入ると思ってます。
実際、武田氏の最大版図を築いたのは勝頼ですし。
確かに、長篠では痛い敗北を喫しており
この戦いで、愚将と思っている人が多いと思いますが
信玄だって、家督相続後
血気に逸って無駄な出兵をした挙げ句
『砥石崩れ』という大敗北を喫し
板垣や、甘利等を討ち死にさせ
連合崩壊の危機に陥った事もあるんですから
この戦を以て勝頼を評価するのは、いかがなものでしょうか?
本によっては
信長が、長篠勝利後
すぐに甲斐に進軍しなかったのは
信長が甲斐の内部分裂を狙って放置していた
と記述しているのもありますが
信長って、潰せる時に一気に潰しにかかる性格ですよね?
その信長が、時が来るまで慎重に対応していたという事だけで
勝頼は当時から、油断の出来ない人物として見られていたのでは?
と思っています。
現に勝頼は、この大敗後
甲斐の立て直しに見事な手腕を発揮し、7年間甲斐を守り通しています。
あまり注目されないトコが非常に可愛そうなんですが(;^_^A
これは、勝頼が戦に強いだけの猪武者でなく
統治者としても有能であったという証拠です。
甲斐が信長に対抗出来なくなった最大の理由は
鉱山から、金の算出が無くなったからです。
甲斐は元々貧乏国ですが
信玄の時代は、金山のおかげで、貧弱な経済基盤を支えていました。
ですが、勝頼の時代になると
もう金は採れなくなっていたそうです。
まぁ、こうなると
国人衆の忠誠を留めるのは難しくなるわけでして・・・
結局の所、甲斐は自滅同然で滅んでいきます。
もし、この時まだ信玄が生きていても、武田の崩壊は防げなかったんではないでしょうか?
俺は、勝頼の話をする時
家を潰した当主として
よく浅井長政と比較させます。
長政は自分の判断ミスで
織田家を敵にまわし
姉川の敗戦後
わずか3年で浅井家を滅ぼしていますが
勝頼は長篠の敗戦後
周囲に敵を抱えながら
7年間国を維持しています。
これだけ見ても
勝頼は無能ではなかった事がわかるんじゃないですかね?
しまった、簡潔に書くつもりが
長くなってしまった(;^_^A