更始帝と合流した劉秀は
偏将軍に任命されます。
この頃になると
劉秀武将として、かなり優秀である事を周囲が認めており
兄とは違い、切れ者として更始軍の中でも、異彩を放つ様になっています。
で、光武帝最大の見せ場である
『昆陽の戦い』が始まります。
後に天下に名を残す人物は
一度は、乾坤一擲の戦いをしますが
劉秀にとっての、乾坤一擲の戦いは、まさにこれ
信長の『桶狭間』や
曹操の『官渡の戦い』
の様なものなんですが・・・
なのに、何だこのページの少なさは!!!
主人公である劉秀の最大の見せ場を、わずか十数ページで終わらせるとは・・・
非常に、残念でなりません(T_T)
で、この戦いにおいて劉秀は
50万の新軍を
わずか一万三千の兵で
戦をしかけて勝利するという離れ業をやってのける事により
周囲から『英雄』と言われだします。
一方新側ですが
これで、滅亡が決定した様なもんですね。
何せ、50万騎の精鋭部隊が、たったの一万三千騎のに破れたワケですから
もう新に天命はないと判断し
王莽を見切り、朝廷から人が流出し、弱体化していきます。
その後すぐに、更始軍に長安を攻略され
あっさり処刑されちまいます。
このあたり、実にあっさりと進んでおり、思わず読みと飛ばすトコでした(;^_^A
一方、名声が上がった劉秀は、デキる将軍は粛正されるという法則通り
更始帝に警戒されだしますね。
昆陽の戦い後、兄・劉エンが暗殺された事により
身の危険を感じた劉秀は
自分に野心がない事をアピールする為に
自ら河北制圧に出向く事を申し出ます。
とりあえず、更始帝側は
劉秀が中央から居なくなる事により
権力争いから外れると思い河北制圧を許可します。
ここで、今河北制圧に赴くのが、何故劉秀にとって有利になるのかを
もっと書いてほしかったですよ、ホント(T_T)
身の危険を避ける事の他に
混沌とした中央にいる事より
辺境に避難している方が
兵力の温存になる
くらいにしか書かれてないんすよね~
それに劉秀が、簡単に河北を統一するのが当たり前で
河北統一後は、すぐに天下統一できるといった感じで話が進んでいく事に
多少違和感を覚えました。
この本には書いてないですが
とりあえず、何故河北を制すれば、今後の展開が有利になるかと言えば
何といっても
『幽州突騎』に『冀州強弩』の存在です。
河北は、烏桓族を中心とした幽州の強力な騎馬隊と
それに対抗する為に作られた強弩部隊が存在します。
特に冀州の兵は
『冀州の強弩は天下の精鋭』とまで言われるくらいの強兵であり
それを手に入れる事が出来れば、他の勢力より
軍事的に、一歩先んずる事が出来ます。
また、河北地方は
戦乱の影響をあまり受けておらず
安定した食料の自給が可能でした。
この時代の兵は
食わせてくれる君主に付いて行くものなので
食糧事情は、非常に切実な問題なんですね~
さて、劉秀は河北制圧の為、地元の有力豪族『劉楊』と手を結び
最大勢力の王朗を倒します。
この辺りの話の流れも
非常に分かり難かったですな。
もっとこう、何か
他に書き様がなかったんすかねぇ・・・
劉秀が、王朗を滅ぼした後
『令反側子自安』
つまり、不安にかられている者達を許してやろう
と言って、王朗の元にあった文書に目を通さず焼き捨てるエピソード・・・
曹操が、官渡で袁紹に勝利した時にマネしたアレですが
これも書かれてなかったなぁ・・・
この作品は、劉秀が
帝位を称するところで終わるので
隴西の隗囂討伐もありましぇ~ん(T_T)/~
だもんで、三国志でも有名な
『隴を得て蜀を望む』
という名台詞
これも出てきましぇ~ん
後漢時代って、この台詞で最初と最後を飾るのに
非常にもったいないっすねぇ。
んで、隗囂の部下に馬援という
有名な武将がいるんですが
この本では、劉秀の長安遊学時に
少しだけ出てきて、劉秀を助けるんですよ。
これって、後の伏線だよな~って思ってたんですが
その後全く劉秀との絡みなし・・・
一体何の為に出したんだかわからんですよ!
で、本書には乗ってないので馬援の説明します。
馬援は、三国志の馬騰や馬超のご先祖様です。
年取ってからも頑張った人で
劉秀から『矍鑠(カクシャク)たるかな、この翁』
と言われてますね。
元気な老人を『矍鑠』と
言うようになったのは
この人からだそうです。
三国志では、黄忠に使われてますよ~(^^)v
一番の功績は、やはり
伏波将軍として、交シ
今のベトナムで起きた反乱の鎮圧かな?
孔明の南蛮制圧にも
少し名前も出てくるしね。
馬援は、外戚だったんで
雲台二十八将に入ってませんが、この時代を代表する名将の一人である事は間違いないです。
結局、この本なんだったんすかね?
光武帝の面白いエピソードや名台詞のホトンドを省いてる感じですよ(;^_^A
そもそも『柔よく剛を制す』すらないですからね
出てくるのは
『官になるなら執金吾
妻をめとらば陰麗華』
ぐらいだもんなぁ・・・
それに雲台28将も全員そろわないし(T_T)
治世については
全くっていいほど触れらてません
中華統一後、功臣を一人も粛正しなかった事
民の為を思い、減税措置を講じ、軍事行動を控えた事
そして、この時代には珍しく、人身売買の禁止や
奴隷解放政策を行った事
等々、名君としての功績沢山遺してるのに・・・
もったいなさすぎ!
鯉や蟹の話にページを割かずに、もっと主人公の話を掘り下げろよ!
期待してたんですが
がっかりって感じでしたねぇ・・・
宮城谷小説に
劉秀の話があるんで
そっちに期待しますかね。

偏将軍に任命されます。
この頃になると
劉秀武将として、かなり優秀である事を周囲が認めており
兄とは違い、切れ者として更始軍の中でも、異彩を放つ様になっています。
で、光武帝最大の見せ場である
『昆陽の戦い』が始まります。
後に天下に名を残す人物は
一度は、乾坤一擲の戦いをしますが
劉秀にとっての、乾坤一擲の戦いは、まさにこれ
信長の『桶狭間』や
曹操の『官渡の戦い』
の様なものなんですが・・・
なのに、何だこのページの少なさは!!!
主人公である劉秀の最大の見せ場を、わずか十数ページで終わらせるとは・・・
非常に、残念でなりません(T_T)
で、この戦いにおいて劉秀は
50万の新軍を
わずか一万三千の兵で
戦をしかけて勝利するという離れ業をやってのける事により
周囲から『英雄』と言われだします。
一方新側ですが
これで、滅亡が決定した様なもんですね。
何せ、50万騎の精鋭部隊が、たったの一万三千騎のに破れたワケですから
もう新に天命はないと判断し
王莽を見切り、朝廷から人が流出し、弱体化していきます。
その後すぐに、更始軍に長安を攻略され
あっさり処刑されちまいます。
このあたり、実にあっさりと進んでおり、思わず読みと飛ばすトコでした(;^_^A
一方、名声が上がった劉秀は、デキる将軍は粛正されるという法則通り
更始帝に警戒されだしますね。
昆陽の戦い後、兄・劉エンが暗殺された事により
身の危険を感じた劉秀は
自分に野心がない事をアピールする為に
自ら河北制圧に出向く事を申し出ます。
とりあえず、更始帝側は
劉秀が中央から居なくなる事により
権力争いから外れると思い河北制圧を許可します。
ここで、今河北制圧に赴くのが、何故劉秀にとって有利になるのかを
もっと書いてほしかったですよ、ホント(T_T)
身の危険を避ける事の他に
混沌とした中央にいる事より
辺境に避難している方が
兵力の温存になる
くらいにしか書かれてないんすよね~
それに劉秀が、簡単に河北を統一するのが当たり前で
河北統一後は、すぐに天下統一できるといった感じで話が進んでいく事に
多少違和感を覚えました。
この本には書いてないですが
とりあえず、何故河北を制すれば、今後の展開が有利になるかと言えば
何といっても
『幽州突騎』に『冀州強弩』の存在です。
河北は、烏桓族を中心とした幽州の強力な騎馬隊と
それに対抗する為に作られた強弩部隊が存在します。
特に冀州の兵は
『冀州の強弩は天下の精鋭』とまで言われるくらいの強兵であり
それを手に入れる事が出来れば、他の勢力より
軍事的に、一歩先んずる事が出来ます。
また、河北地方は
戦乱の影響をあまり受けておらず
安定した食料の自給が可能でした。
この時代の兵は
食わせてくれる君主に付いて行くものなので
食糧事情は、非常に切実な問題なんですね~
さて、劉秀は河北制圧の為、地元の有力豪族『劉楊』と手を結び
最大勢力の王朗を倒します。
この辺りの話の流れも
非常に分かり難かったですな。
もっとこう、何か
他に書き様がなかったんすかねぇ・・・
劉秀が、王朗を滅ぼした後
『令反側子自安』
つまり、不安にかられている者達を許してやろう
と言って、王朗の元にあった文書に目を通さず焼き捨てるエピソード・・・
曹操が、官渡で袁紹に勝利した時にマネしたアレですが
これも書かれてなかったなぁ・・・
この作品は、劉秀が
帝位を称するところで終わるので
隴西の隗囂討伐もありましぇ~ん(T_T)/~
だもんで、三国志でも有名な
『隴を得て蜀を望む』
という名台詞
これも出てきましぇ~ん
後漢時代って、この台詞で最初と最後を飾るのに
非常にもったいないっすねぇ。
んで、隗囂の部下に馬援という
有名な武将がいるんですが
この本では、劉秀の長安遊学時に
少しだけ出てきて、劉秀を助けるんですよ。
これって、後の伏線だよな~って思ってたんですが
その後全く劉秀との絡みなし・・・
一体何の為に出したんだかわからんですよ!
で、本書には乗ってないので馬援の説明します。
馬援は、三国志の馬騰や馬超のご先祖様です。
年取ってからも頑張った人で
劉秀から『矍鑠(カクシャク)たるかな、この翁』
と言われてますね。
元気な老人を『矍鑠』と
言うようになったのは
この人からだそうです。
三国志では、黄忠に使われてますよ~(^^)v
一番の功績は、やはり
伏波将軍として、交シ
今のベトナムで起きた反乱の鎮圧かな?
孔明の南蛮制圧にも
少し名前も出てくるしね。
馬援は、外戚だったんで
雲台二十八将に入ってませんが、この時代を代表する名将の一人である事は間違いないです。
結局、この本なんだったんすかね?
光武帝の面白いエピソードや名台詞のホトンドを省いてる感じですよ(;^_^A
そもそも『柔よく剛を制す』すらないですからね
出てくるのは
『官になるなら執金吾
妻をめとらば陰麗華』
ぐらいだもんなぁ・・・
それに雲台28将も全員そろわないし(T_T)
治世については
全くっていいほど触れらてません
中華統一後、功臣を一人も粛正しなかった事
民の為を思い、減税措置を講じ、軍事行動を控えた事
そして、この時代には珍しく、人身売買の禁止や
奴隷解放政策を行った事
等々、名君としての功績沢山遺してるのに・・・
もったいなさすぎ!
鯉や蟹の話にページを割かずに、もっと主人公の話を掘り下げろよ!
期待してたんですが
がっかりって感じでしたねぇ・・・
宮城谷小説に
劉秀の話があるんで
そっちに期待しますかね。