ちょっと時間ができた・・・
て事で、今日は宮城谷小説の中で
一番好きな『楽毅』について
書いちゃいます。



楽毅の名前って
三国志読んだ事ある人なら
少しは知っていると思うんですよ。

諸葛亮が
俺の才能は管仲や、楽毅に勝ってる!
いつか内天下取ったるで~!!



と、ニート時代に
自分をなぞらえていた人物です。
その時は
管仲も楽毅の事も知らず
ぼんやりと
昔の偉いひとなんだなぁ
てくらいしか思ってなかったんですが


陳瞬臣の『十八史略』
を読んだとき
初めて楽毅という人を
軽くですが知りました。





小説十八史略(一) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)/陳 舜臣

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この本では、楽毅は趙の武将として登場
武霊王死後に、魏に移り
燕が人材を求めていると聞き燕に仕官


その後、燕の昭王に気に入られ出世していき
燕の最大の敵国である
斉をけちょんけちょんにやっつけた!!

てな感じで書いてあります。


この時代の『斉』という国は
『東の斉、西の秦』
と言われるくらいの大国で


一方の燕という国は
斉から滅ぼされそうになるくらいの弱小国なんです。

そんな弱っちい燕国ですがそんな国に、名君が現れる
楽毅をスカウトした昭王です。


この王様
若い頃に国が滅びかけるという体験をしたので

斉に対して
復讐を考えており
『打倒斉』の為
人材収集にやっきになるんです。


その時、郭隗という家臣が
「人を集める為には、私を優遇しなさい」
と進言します。

『郭隗ほどの能力の人材でも、燕の国王は優遇してくれる』

その噂が広まれば
優秀な人材が集まるに違いない
というのがその進言の理由

んで、これが
「まず隗より始めよ」
の語源になるんですよ。


昭王は、それを実践し
人材を集め、国を復興させ名君とまで呼ばれる様になるわけです。


そして、楽毅という名将を得て
斉を滅亡寸前まで追い詰める事になります。




え~・・・
宮城谷楽毅の話のつもりが話がそれちゃいました(;^_^A。
話も長くなったので
続きは後で書きます。



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