
著者: 重松 清
タイトル: 熱球
何かが原因で、自分の中の時間が止まったままになってしまった経験を持つ人は多いのではないだろうか。
ほかならぬ私も父を亡くした折には、2年ばかり、心の中の一部分がぽっかりと抜け落ちてしまった感じで、頭では理解していながら気持ちがついていかないという状態があった。
そんな自分の時間が動き始めたきっかけは、本当にひょんなことからだった。私の息子の写真をアルバムに整理しているとき、息子と写った父の姿を息子の成長とともに見ていくにつけ、ふと気がつくと涙があふれて止まらなくなってしまったのだ。
息子はぐんぐん大きくなる。父は私の父であるというよりも、息子の祖父=「じいじ」になっていく。そして、あるときを境に、父の姿は写真に現われなくなってしまう。
思えばその時こそ、私が、本当に父の死を受け入れた瞬間だったのだろう。
ここまでのコメントは、本書の内容とは最初の1行を除き、何の関係もない。
しかし、この物語が、止まった時間が動き出すまでの物語であることは間違いない。
重松さんは、ほんとに上手い。
泣かないぞと思っていても、最後には、泣かされてしまうのだ。
さわやかに泣きたいとき、オススメの1冊だ。
重松清 泣かされ本