オリンピック開催地が東京になったそうで、いやはや驚きました。

 7年後ですか、近くて遠いのかな。


 当初、前のに追加を試みたのですが、あれより長くするのもいかがかと思い、新しく書くことします。


 というわけで、最近の諸々もあって、何かの意図があるのか定かではありませんけれども、事実と異なることを広められるのはよろしくないとの意図による補足説明の続きです。


 と言っておきながらいきなりの寄り道です。

 世の中には、どうにも鋭い方がいるようです。

 世間様を試す意図など一貫して毛頭ないのですが、そういう例を耳にすると、「蒲焼で鰻の生態を説明するようなことしても、実はあまり支障はないんじゃないの?」と目的から外れて余計なことを考えそうにはなってしまいます。たとえ簡明に書いたとしても、ありえない誤読をした上でそれを省みないなんて厄介さんな例だって現実にあるのですから、ジェンガの終局のようなお話をするにあたって、深く考えるものでもないのかもしれません。


 さて、前回、初代担当の通常であればありえない数々の言動によって生じたトラブルが、編集側の対応によってかえって混迷の具合が激増、それによってもたらされた年単位の多難を経て、小山さんから「部長として」の謝罪をどうにか頂いたところまでお話しました。


 ところが、この謝罪は私の立場からするとあくまで「一先ずの区切り」でしかありませんでした。

 その理由について途中でしたが、改めて最初から述べていきます。


 ・小山さんが担当になった際に「部長の私が担当になるのだから」という理由で、以後の私は『担当交代を訴える』ことができなくなっていました。

 「部長としての自分の判断に誤りがあった」との謝罪を経ても、これは変わりませんでした。

『誤認逮捕だと認めて謝罪をしておきながら、それでいて逮捕歴は消してくれずに前科つきのまま』

 という理不尽な扱いです。
 この状態自体にも納得がいかない、ということを小山さんは最後まで理解しようとさえしませんでした。そんな特殊な感情ではないはずなのですけれど。


 ・「部長としての謝罪」と言いますが、あくまで小山さん個人から謝罪の言葉があったのみです。

 会社組織に所属していながらこういうことが罷り通るのがよく分からないのですが、張本人はそれで省みることも態度を改めることもありませんでした。

「部長としての謝罪」があった後も、いざこざがあったのですが、それ以後も同様です。
 このことへの言及に小山さんからは、
「部長として謝罪した意味を考えろ」
 と返されたことがありますが、言うべき相手が違うのでは。


 と謝罪の件に触れて思い出したことです。

 とある創作工程の途中で小山さんと意見の相違がメールのやり取りで生じました。
 こちらの指摘に小山さんは落ち度があったと(言うまでもなくメール上にて)詫びられたのですが、ところが、これについてかなり根に持たれたようで、通達の場で信頼関係喪失の理由の一つにされました。

 世の中には理非曲直がどうであれ、謝罪の行為が嫌いという人がいるらしく、もしかしたら、私と小山さんでは「謝罪(の意味ではなく)行為そのもの」の重みに相当の差があったのかもしれません。

 もしそうだとしても、「当事者の代わりに、部長が謝る」を選択した(こちらはそんな要求してない)のは小山さんご自身なのですけど、ね……。


・現状で大きかった問題は、謝罪を経ても創作面での混乱が解消されなかったことです。


 デビュー作が商業的に残念な結果であったなら、話はまだ(にしろ)簡単でした。
「何が悪かったのでしょうね?」
 と編集側の意見に耳を傾けるだけだったのですから。


ところが、続刊を出すのに問題ないほどには売れました。ですから、
「その路線でやればいいじゃないか」
 と訴えたのですが、それについて

「(編集者の自分の)経験則」
「(編集者の自分が思う)綺麗な終わり方だったから」
「(編集者の自分が考える)電撃的じゃないから」
 という、ビジネス論理からかけ離れた主張で、シリーズのみならず方向性さえも潰してきたわけですから、こちらは困惑します。しかも、これによるリスクは私が一方的に負わされました。


 初代担当がゴリ押しして、編集部さえもが肯定する方針は、しかしながら、数字として報われませんでした。
「担当編集が書かせて出版したい」と「出版した実績」に明らかな乖離が生じたわけです

 嘘をつかれたり、無理強いされたのをさておくとしても、この結果に対して編集側は、デビュー作の実績にケチをつけたり、「判断は間違ってない」と言い張るばかりでした。

「では、今後それを創作にどう活かしていくべきか」
 といったことにさえ、具体的でまともな答えを得られたことはありません。

 挙句に、初代担当のみならず編集側から「結局、同意したじゃないか(文句言うな)」と言われたのですから、さすがに憤然としました。

「数ヶ月に渡って、再考をひたすら訴え続けたのに、壊れたレコードみたいに『私の経験則』と『時間と機会の損失は痛手だから早く完成させろ』しか繰り返さなかったあの人に、何と言えば通じたのか教えてくれ!」
 との抗議にも、答えはありませんでした。

 その頃の編集部は初代担当の扱いに苦慮していたとのことだから、私の心情は他人事ではなかったはずなんですけどねえ……。


「担当編集の自分の意見に従え。商業的にどうであれ、続けるかどうかは編集の判断次第だ。それで売れるかは分からない。売れたら編集たる自分の手柄、でも、売れない場合はそっちの責任、過程がどうあれ結果、方針に応じたのなら文句を言うな」
 ともあれ、トラブルの過程で、編集側より示されたのがこれです。

 これで「電撃編集部や、編集たる自分を信じられないのか」と言われても、「はい、わかりました」はさすがに無理なわけです。

 そのために俎上に上げるのですが、編集側から「そうじゃない」とは言われても、では「どこが、どう違うのか?」になると途端に「ごにょごにょ」となって、本当に進展しませんでした。それこそ鰻を素手で掴むようなやりとりです。

『売り上げとは無関係に、編集者が自分の好みでシリーズをどうするかなど判断したのは間違いだった。編集者の個人的判断で、作品の可能性を潰すなどしない』
 といった単純明快な答えさえどうして編集側が拒むのか、私には分かりません。


 創作に限っての編集側とのトラブルの本質は、ジャンルがどうとかではなく、
『編集側が自分の判断について、明確で説得力のある論理を展開しようとせず、しかも、その責任からはとにかく逃げたがる』
 ことでした。


 ですから、一貫してそこは明らかにしていますが、「ハーレムはイヤッ!!」は嫌々、書いたことはありません。

 これの関連で言及しているのは、「デビュー作が売れなくて、ラブコメを書かされた」とのいつまで経っても消えない偽りと、「(シリーズの見通しが立てられないといった背景から)ラブコメとして書いておらず、宣伝でもその文句の使用を避けたのに『ラブコメとしてどうよ?』と言われる」事についてです。


 本当に難しくないことのはずなのです。
 だって、デビュー作の認識に限って言えば、
「売れたものを売る。それをあえて何もかも無視して嘘までついてやらしたそちらの方針は、数字で報われなかった。結果が出ているのに、『それでもなお』間違いじゃないと言い張るのなら、ビジネス戦略としてどう意義があり、どう活かせばいいのかちゃんと説明してください」
 というだけのことなんですから。


 ところが、これは通達の席で明らかにされたことですが、電撃編集部の部長としての小山さんの認識では、電撃編集部の編集者はこれについてまともに答えることができないそうです(私は小山さん個人の問題であって、全員がそうだとは思いません)。


 それはともかく、デビュー作の方針変更の意義と同様に、それこそ「ジャンル的な違いの売り出す側の評価」とか「シリーズの取り扱い」についても、責任ある明確な見解をもらったことはありません。
 必要な情報、求めている判断材料がいつまで経っても得られなかったのです。

 それが故の長期的な見通しの創作ができない事情(と何より不都合)を新作の話の度に伝えていたのですが、その場その場での意見を聞き入れられなかった小山さんからすると、このことは、単に私のワガママとしか認識されていなかったようでした。


小山さん「前に言ったじゃないか、なのにお前は私の意見を聞かなかったじゃないか」
私「それに応じるには解決して欲しい前提があるとそれより以前から訴えていて、ご存知のはずではないか」 
 という状態です。


 しかしながら、 こういう行き違いは、小山さんが担当になる前段階でさえ生じていました。

 だから、「事情を知っていると言う人間に(トラブルも創作も)何もかも任せるやり方はやめてくれ」と私は訴えたわけです。

 小山さんはそれをご承知の上で担当になられたのだから、「自分にはその解決(回答と説明の)能力がある」と、それこそ『自負があってのこと』のはずでした。

 ところが、実際には全くその問題認識をお持ちになってないようで、挙句に

「部長の私が担当になった意味をよく考えろ」

 とまで言ってくる始末です。


「忙しい部長の私がわざわざ担当になってやっているのは特別なことなんだからありがたがれ」

 とのことなのですから、処世術としてはこちらは黙るしかありません。


 けれども、そもそも小山さんが私の担当になったのは繰り返しますが

1.初代担当のトラブルの際に「それは解決策にならない」、「もし、するとしても、想定される人選はまずい」との私の必死の訴えに対して、小山さんが自分の判断の方が正しいと、避けるべきと訴えた処置をわざわざピンポイントで強行して、結果、事態を悪化させた。


2.その次に「(この結果が明らかになっているのだから)『事情を知っている』と言う人に何もかも任せるのはやめてください」とのこれまた私の必死の訴えに、「いや、私自身がやるから大丈夫」との部長判断からご自身が担当になられた。


 というわけで、こちらの声を無視した上でのご自身の判断ミスと、これまたこちらの声を無視した「強い自負心」の結果です。


 しかも、この時点で、
3.(事前に「事情を知っていた」はずだけれども)こんがらがっていた真相を知り、「部長としての自身の判断にミスがあった」ことを明確に認められて謝罪をされた。

 事情も存在していました。

 これで、
「部長の私が担当になった意味をよく考えろ」

 と言われては、率直に言えば

「こちらの訴えを重ねて無視したことで招いた自分の失敗を棚上げして、何を言っているのか(小山さんの言うこちらのためにかけている手間だって、そもそもこの背景を無視しているがために生じている点を無視されるのか)」

 にしかならないわけです。


「こうした担当になった前提をなかったことにして、『部長の私は忙しい』と対話さえも疎かにされるのでしたら、自負心よりも『当初のこちらの訴え』を受け入れてもらって、交代した方が良くないですか」
 と言えれば良かったのですが、生憎、部長が謝罪された後も『担当交代を申し出る選択肢は奪われたまま』の私にはそれは手段としてありませんでした。

 ですから、
「小山さんとは話がこじれやすくなりますよ(担当になるのは避けて欲しい、とだから!私は訴えたのに。それを承知で担当になったのではないですか)」

 と伝えたのですが、それすらも何ら理解があったようには見えませんでした。


 おかげでこちらは「小山さんは自分のミスやこちらの声を無視して担当になったことを、どう認識されているのだろう」という状態となったわけです。


 それで、やってきた通達前の打ち合わせの席は、愕然とするしかありませんでした。
 小山さんが事前のアポを無視してきたのもありますが、

「部下のミスについては、部長として謝ったじゃないか」

 と、部長としての自身のミスについては、私が想定していたよりもっと綺麗さっぱりデリートされてしまっていたのです。

 通達の席で「私が担当になった時のこと」と切り出されましたが、謝罪はそれよりも新しい記憶なんですよ……。


 しかも、そこへきての、デビュー作と二作目に関するやりとりでした。
「ビジネス戦略として、間違いと思わない。その意義について『新しい読者がついたかもしれない』」
 これが初代担当とのごたごたの事情も、結果の数字も、長期的見通しが立てられない理由も、以後の私の創作の混乱と苦闘も、全て把握しているはずの電撃編集部の部長の見解です……。

 この話題になる直前、小山さんは初代担当のトラブルを巡って不手際を犯した部下について「馬鹿だ、馬鹿だ」と言われていました。

 しかしながら、創作面に関して言えば、小山さんの見解はその方と同水準で、小山さんにその方を批判する資格が欠片もあるとは思えません。


「部長として謝っている」
 と小山さんは再三、繰り返されましたが、結局、「何について謝ったのか」というのと、「こちらの声を無視した上で、どうして自分が担当をやったならば上手く行く」と思われたのか、今となっては分かりません。

「電撃の編集者は責任から逃げない」
 といったことを小山さんは通達の席で言われました。

 通達以降は完璧に「部長の私が担当として無理だと感じたのだから、他の担当でも駄目だろう」という明言されたスタンスで、小山さんは通されました。

 『水鏡はそう言うが、私の判断の方が正しい』との自身の判断ミスを重ねて、更に同じ事情から担当になったことは部下への責任転嫁という形にしろ、忘却という手段にしろ完璧になくなったわけですから、私の前からでさえ、小山さんは自らの責任について最後には徹底的に逃げたのは確かです。

 ということからも小山さんの部長としての対応があまりに横暴だと感じた次第でした。

 一連のことで小山さんはご自身に落ち度はないとの主張ですが。


 もう一つ、続くと思います。
 この経緯をお話しようと思った大きな要因についてです。

 もったいぶるつもりはないので、個人的な?事柄です、と念のため。