まれさんのブログ(萩原希仁)平成徒然草

まれさんのブログ(萩原希仁)平成徒然草

恋愛、哲学、セックス、思い出、人間行動学、病気、精神

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毎週、輸血をしていただいて、生きています。

癌の腫瘍部分から、常時、出血しているから。

輸血しないと、貧血で倒れます。

ふと考えると、一体、何人の血液なのでしょうか。

日本人なのか、外国人のもあるのか。

少し、ワクワクします。

以前、1回だけ、輸血で、ショック状態になりました。

明日はそうならない事を、祈っています。

順調ならば、週末までには帰ってきます。

24時間テレビが楽しみです。
今現在世論調査をすると、善悪は兎も角、

日本の自衛隊強化を、求める意見は、

80%を越えて、増えているようだ。

僕には、これは、とても理解出来る。

北朝鮮は世襲を継続し、極悪に。

中国の覇権主義は、余りに露骨である。

本来、同盟関係であるはずの、

韓国は、歴史の責任問題の意識の悪化が、

極端に酷くなっている。

最大の同盟であるアメリカとの関係だって、

未だに、子分状態だ。

これでは、自衛隊強化は当たり前の帰結だ。

で、不思議なのは、20%の日本人は、

この現実の中でも、軍縮と言う事だ。


何故だろうか。

絶対平和を確信しているのだろうか。

誰の戯言の影響なのか。

某国からの、情報操作の賜物か、悪影響か。

何らかのまやかしがある。

弱るとは何か。

精神か。肉体か。

それとも意識か。

その意味では、

僕は弱っていない。

癌などにはそう簡単には負けぬ。

悪あがきも、苦手ではない。

輸血をいっぱいしたから、

体内の血液は、殆ど入れ替わった。

インターナショナルだ。

不思議な感覚だ。

決して不幸ではない。

この社会は、

そんなに捨てたものではない。
仙台と、千葉の友が、連れだって、

逢いに来てくれた。

末期癌の見舞いである。

一人は裁判官、もう一人は新聞の論説委員。

忙しい中、僕には、勿体無い話だ。

しかも、多額の見舞金。

涙が止まらなかった。

思わず、二人の手を握ってしまった。


人生の意味とは何か。

それは理解を超えているが、

少なくても、友との交わりは大きい。


砂時計は進んでいるが、

精神力は至って、豪気である。
僕にはある哲学がある。

班長、店長、所長、呼び方は違っても、

現場の、プレイングマネージャーが、

大好きである事。

自分も作業をしながら、現実目標を、

率先垂範していく。

ここに、人間好きの生きがいがある。

作業内湯は、全く異なっても、

基本の考え方は、一緒だと、

確信しながら生きてきた。

小中高の、児童生徒会長。

柔道部主将。

サンリオ物流センター、卸担当。

KFC店長。

子供レストラン店長。

ドイツ料理レストラン店長。

テーマパークアトラクション、係長。

居酒屋店長。

居酒屋オーナー。

解体屋現場監督。

輸入ブランド品物流担当。

スーパー内鮮魚売り場。


見方によっては、様々な仕事だが、

僕の中では全て一緒なのである。

自分も含め、数名の仲間で、

実際の作業を通し、目標達成していく。


自分の人間性が、部下全体に浸透したとき、

目標の達成は近い。

こんな、プレイングマネージャーを続けながら、

色々なマニュアルも創ってきた。


こんな僕から観ると、今日亡くなった、

吉田所長の、魅力が痛いほど理解出来る。

机上の空論では無く、現実に立ち向かった人。

常に、危険の最前線に身を置いた人である。

現場から遠く離れ、安全な東京から、

テレビ会議に出席する人間とは、種類が異なる。


とことん、彼を代弁してみたい。

ところが皮肉なことに、僕自身も、

彼と同様に、癌で、余命宣告を受けた。

正に、宿命は皮肉である。

3・11以降、原子力問題が、

非道く低迷しているのは、

根本的な汚染物質の処理が、

いい加減な状態に成っているからだ。

ここを踏まえない、議論は、

どこまで行っても、空虚であろう。

その中身は、大きく2つ。

原発から発生する、汚染された廃棄物。

それと、除洗作業で、発生する有害物質。


最終処分場が決まらないと、

中間処理場も出来ない。

で、仮処分場も決まらず、

全て、仮仮置き場となってしまう。

後は、誤魔化しで、仮の字が増えるのみ。


政府は、先ず、最終処分場を、

明確にしないと駄目なのだ。


乱暴な言い方をする。

事故を起こした福島原発の周りは、

廃炉をするにしても、何をするにも、

一般の生活は復帰できない。

個人の農地、酪農地は、一刻も早く、

国家が買い取って、国有地化し、

ここに、世界最高の、核汚染物質処理場を、

計画する必要がある。


この技術は、世界中で必要で、

世界の何処にも、未だないものだ。


また、これは、故郷を失った、

多くの方への国家賠償の初めでもある。
痛み止めは、遂に、麻薬になって、

でも、楽になりました。

麻薬系の薬は、痛みを消さないのですが、

気持ちを、楽にしてくれます。

睡眠も順調にとれます。

かつて、壊疽で左足に穴が空いて、

苦しんだ際にも、助けてもらった薬です。

当時は、中毒に気をつけるので、

飲み方に、気を使いましたが、今度は、

先が短いだけに、気楽にのんでいます。

そう。

余命宣告にも、好い事が在ります。

明日は、外科の通院日なので、医師に聞いてみます。

禁煙している煙草を、復活したいと。

大腸癌にも、悪影響が出るのでしょうか。
もうすぐ死を迎える僕は、こう思います。

人生は、恥辱まみれなんだと。

恥ずかしさを恐れない事が、人生に、

豊かさを与え、充実させる気がします。

日々は充実しています。

ただし、身体は物理的に弱っています。

今までは、ペットボトルの、スクリュウキャップが、

硬いなんて、感じたこともありませんでした。

最近では、輪ゴムを巻いて、開けています。

そうして、毎日、思い返しています。

愛する人へは、ちゃんと告白しただろうか。

感謝すべき人へは、心を伝えたか。


結局、こんな事が、人生のまとめだと、思うんです。
生命が希望ならば、僕の様に、

余命幾ばくかになってしまった人間には、

最早、希望は、無いのでしょうか。

もしそうならば哀し過ぎる。

癌に負けて、朽ちるまでは、

健康ではないけれど、生きているです。


死は恐怖しない。

嘘では無い。

幾多の大切な人達を送ってきたから。

死は順番であると、悟っています。


ただ、思い返せば、人生は、

豊かで、楽し過ぎる。

愛する人、贅沢、美味しい食べ物、

人々からの名声、みな、美酒です。


さぁて、僕は、一体、人生の醍醐味を、

幾つ味わってきたことか。


未練がないと言えば嘘でしょう。

でも、こう思うようにします。

「是非も無し」

:好いも悪いも無い。仕方無いじゃあないか。

かつての、織田信長の心境です。


テレビのドキュメント番組では、

何度か観た記憶があります。

癌患者の死に逝く様。

しかし、自分自身となると、

話は別です。

医師から、余命宣告を受けたときには、

言い表せない衝撃が走りました。

それから、眠れない日が続き、

今は、少しは腹も座り、

「是非も無し」の心境です。



そんな僕から見ていると、最近の、

橋下市長は、観るに耐えません。

今日の、水道橋博士との、やりとりもそうです。

橋下氏は、52歳の芸人を、

「小銭稼ぎのコメンテーター」と、

罵倒したのです。

生放送中でしたが、水道橋博士は、

視聴者におじぎをして、番組を去りました。

「それは違います。」と、一言残して。


僕は思いました。

一人の芸人が、弁護士や、政治経済の、

評論家に混じって、対等に議論する為には、

きっと、努力も、してきただろうと。

その自尊心が、ぼろぼろだろうと。


そう。

優しくないんです。

最早、正しいとか、間違っているとかの問題では無い。

許されない傲慢さです。


かつて、橋下氏と、酷似する人物が居た。

オウム真理教の、上祐史浩です。

彼も、独善的な理論で、、周りを、

踏みにじっていた。


不愉快です。

僕は、もう直ぐ、天に還りますが、

優しくない世界は嫌いです。

みんな、一度きりの人生を、

頑張って生きているのですから。