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経歴 [編集]
29歳で結婚。長男と次男が共に脳性小児麻痺に。1954年、自費で養護学校「しいのみ学園」を設立、障害児教育に挺身。当時はまだ学校教育法に基づく養護学校(現在の特別支援学校)制度が整備されていなかった時代であっただけに、日本初の障害児のための教育施設として注目を集めた。
歳月が過ぎ、妻と長男に先立たれ、2002年に次男が、2003年春には長女も他界。妻と3人の子ども全てを見送り、95歳で初めて自分の自由な時間を得た。三郎の人生は、正に95歳からが青春とばかりに、2004年から中国の障害児教育支援と新しい幼児教育法の普及に乗り出した。これは、少子化によって日本では子供の数自体が減少したことも理由となっている。
2005年、数えの100歳を期して、世界一周講演旅行を始め、以後毎年続けている。この年はアメリカ・イギリスをはじめ9カ国を訪問、アメリカ・創価大学、コロンビア大学、イギリス・ケンブリッジ大学、ドイツ・ハイデルベルク大学などで講演。
2006年は、中国上海・華東師範大学、アメリカ・ハーバード大学、フランス・ユネスコ、シンガポール・日本人学校、香港・創価幼稚園などを訪問、講演。
2007年、ハワイ大学・附属幼稚園、ブラジル・公文教育研究会、ロシア・モスクワ心理教育大学、中国・長春大学などで講演。映画「しいのみ学園」中国語吹き替え版封切試写会開催(宮本中国大使挨拶)。