スウェーデンのクリスチャンシュタード[www.nytimes.com/2010/12/11/science/earth/11fossil.html]では、もう少し長い経緯があった――約10年、けれど彼らはそれだけもっと印象的な発展を遂げてみせた。人口80万人(今日のデトロイトに相当する)を数えるこの都市では、家屋やオフィス、店舗の暖房に、化石燃料を一切使用していないのだ。石油も、石炭も、ガスさえ使っていない。20年前は暖房は全て化石燃料から賄われていたのに(僕が見るに、原子力は選択肢には上がらなかったようだ)。農村地域ということもあって彼らは、風力や太陽エネルギーとは対照的に、バイオ燃料に目を付けた。地区住民の自動車でさえその多くが、バイオ由来の燃料で走っている。市の乗り物はすべてバイオ燃料使用だ。
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この町の燃料・暖房複合プラントだ。ブリティッシュコロンビア州ビクトリアにある企業、ファロン・コンサルタンツの助力を得て建設された。
何が使われているのだろう? ジャガイモの皮、こけら、動物の糞、使用済みの調理用油、干からびた菓子に豚の腸だ。うへぇ――でもこれが上手くいくのだ。精確に言えば、この町の全ての電力や燃料がこの方法で生産されるわけじゃない(だけど暖房に関しては本当に全てだ)。けれど市それ自身に関わりがある全てのものがこの燃料を使用しているし、市はまた私有車にもこの燃料を使うよう、地区住民に切り替えを促してもいる。そういうわけで、二酸化炭素排出量ゼロとまではいかないものの、彼らはその地点に達しつつあるのだ。
幾分保守的な町であるカンザス州サリーナでさえ、地熱や他の技術に転換しようとしているし、できる限り電源を切ってもいる。行政がこれらの転換を命じたわけではない――彼らはただ、節約のためにそうしているのだ。
アフリカの小さな村々では、国の送電系統に頼らないエネルギー源を用いている。これらのローカルなエネルギー源もまた再生可能であり、電力網を使うよりも安くつく。
だから、僕らは諸手を挙げて原子力が唯一の選択だと叫ぶ前に、これらの地域がやり遂げたことについてよく考えるべきなんじゃないだろうか。これらの例は理想論でも、あるいは棚ぼた狙いの環境保護支持者(※2)が反っくり返りながらご高説垂れるような単なる青写真でもない。これらは、種々の実践的な考えを持ったコミュニティが、既に成し遂げたことなのだ。
日本の悲劇は、おそらくより多くの人々に、これらの選択肢についてもう一度目を向けさせることになるだろう。