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略歴 [編集]
ローマン・ハウベンシュトック=ラマティに師事し、当時ウィーン唯一の現代音楽アンサンブルクランクフォールム・ウィーンを設立したが、ウィーン・モデルンができるまでは補助金も少なく長らく無視されていた。自ら指揮台に立つことも多く2006年にはシュトゥットガルト歌劇場管弦楽団の定期演奏会にも呼ばれて自作やヴェーベルン、ヴァレーズ、マーラーなどを指揮している。
ルツェルン音楽祭でコンポーザー・イン・レジデンスとしてミカエル・ジャレルと一緒に教鞭をとった。ヴィッテン現代音楽祭では、非常に個性的な新鮮なピアノ曲で作曲活動の再出発を計っている。作品はベーレンライター出版社とウニフェルザル出版社から出版されている。
世代的にはポスト・ミニマルに該当するが、1950-60年代の実験精神を継承しているところがミソ。「古いか新しいかは問題ではない。そんなことはどうでも良い。作品の値打ちは、自己の作曲語法を十全に実行したかどうかである。」と種々のマスタークラスで力説している。
作風 [編集]
デビュー当初はヘルムート・ラッヘンマンからの影響を直で被り、精彩を欠くおとなしめの作品が多かった。その痕跡はチェロソロのためのSOLOまで続いていた。2008年現在の彼は、前衛イディオムの華美な使用を避け、クラシック音楽に同時代の音楽を接ぎ木するタイプの作品が多く、反復語法がスコア全面をいまだに覆う。現在もラッヘンマンの特殊奏法と構造法の影響を長らくそして強く受けているが、楽器を損傷するような雑音にまでは及ばない。二台ピアノとオーケストラの為の「ヌン」ではストレートにオクターブが使われ、響きの安定感と不安定感を行ったり来たりする未聴感が聞き物である。
真に自己の個性に到達したのは比較的遅く、1990年代にオクターブや三和音などの調的な素材を解禁してからである。持続的な音響の後で断続的な音響を対置させ、音自体は途絶えているにもかかわらず耳の中でその残響が鳴っているように錯覚させる作風が多い。作曲家本人は、耳の記憶に焦点を当てた作曲を行っていると述べている。これは、ラマティが不確定性を用いて実現した音響を、なるべく五線に確定する試みでもある。単一の楽器からの跳躍音程は少なく奇妙なメトリックも回避されるために、聞きやすい印象を与える割には次の音色が予測できない、一種の「音色旋律」を実現していることになる瞬間も多い。
近年は声楽を含む作品も多く、それらの一部は原語のドイツ語からフランス語に翻訳されてパリなどでも上演されている。演奏家にセント単位の微分音すら要求した室内オペラ「ファマ」は2005年にドナウエッシンゲン音楽祭にて、ドナウハレBという空間配置に適したホールで初演された後、翌2006年にIRCAMのフェスティヴァル・アゴラでも再演された。ただし再演場所はIRCAMではなく、パリ市最北部の倉庫を改造した劇場アトリエ・ベルティエで、やはりその空間配置を生かした二重舞台構造で行われた。近年の題名は、「ピアノ協奏曲」のような穏健な類を使用するようになったが、これは表現の保守化を意味しない。その「ピアノ協奏曲(2007)」では独奏ピアノの断続音から比較的長めの音価がオーケストラ全体から染み出すような管弦楽法を用いており、明らかに「ヌン」で行われた実験が進化していることがわかる。にもかかわらず、個々の楽器法はクラシックで用いられる類をいたずらに超えないように設計されているので、好意的に演奏家から受け止められる結果を導いている。
現在は、彼が新曲を書き下ろすごとにKAIROSが全てレコーディングしている。採算が取れる限り主要作品をリリースする予定になっており、評価の確立した中堅作曲家として委嘱に答える毎日を送っている。現在はグラーツ音大のみならず、フランクフルト音大で客員教授としても教鞭をとる。いまだに清書には鉛筆を使っている。