所在地:中央区明石1ー6/建設年:昭和12年/設計者:東京市?/解体年:平成14年/撮影年月日:平成6年・平成13年4月/日本近代建築総覧No.
大震災後の「復興学校建築」の典型(鉄筋コンクリート3階建て)でした。
四角いコンクリートの箱に、タテ長の大きな窓が並びます。装飾といえるものは付け柱くらいなもんでしょうか。簡素な外観です。
屋上で運動できるようにしていたのでしょう、大きなネット(金網?)の枠がやたらと印象的です。
四角いコンクリートの箱に、タテ長の大きな窓が並びます。装飾といえるものは付け柱くらいなもんでしょうか。簡素な外観です。
屋上で運動できるようにしていたのでしょう、大きなネット(金網?)の枠がやたらと印象的です。
南隣に区立明石小学校(こちらのほうが竣工時期が古い)がありますが、こちらは丸みをおびたデザインで、武骨な二中とは印象がかなり異なります。
さて、この建物のあゆみを紹介しましょう。(参考:中央区教育史)
- S12.7
- 東京市京橋高等家政女学校 明石町に新築落成
- S19.4
- 都政施行により都立京橋高等家政女学校となる
- S24.4
- 新学制施行により都立京橋高等学校(共学)となる
- S38.4
- 都立京橋高等学校が晴海に移転、入れ替わりに中央区立文海中学校が入る
- S43.4
- 統廃合により中央区立第二中学校へ改称
- S57
- 中央区立第二中学校 廃校
校舎は区民施設として使用される - H14
- 解体
跡地は再開発され、都市公団の高層賃貸マンション「ラ・ヴェール明石町」が建設されました。