「構想3年、放送2年半」 | ノイズのなぐさめ

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歪んだ美意識。
ちっぽけ 些々たる しがない
たわい無い 些末 末梢的
スマート、スィート、デンジャラス
大切なのは長く働くこと。

番組は毎回旬の話題をビデオ構成で取り上げ、それについての感想をメインパーソナリティーの久米宏と横山やすし、当時日本テレビニュースキャスター・解説委員だった福富達らがコメントするというものだった。他にはアシスタントに渡辺みなみ、ビデオコーナーには伊藤克信やハリセンおじさんことチャンバラトリオの伊吹太郎らが出演した。横山やすしの出演は久米宏の強い希望であった。番組の収録は日本テレビ北本館(当時)5階Kスタジオで行われた。

「構想3年、放送2年半」というクオリティで、1984年の全日本テレビ番組製作社連盟による第1回ATP賞の最優秀賞を受賞。メインパーソナリティの久米宏も同時に個人賞を受賞した。

視聴者の人気があったこととは裏腹、生放送が故にトラブルも多かった。特にやすしは生放送中にもかかわらず、酒に酔った状態で出演して(横山やすし・西川きよしのマネージャーを務めたことのあるフリープロデューサーの木村政雄は「この番組に出演し始めた頃からやすしさんが酒を飲んで仕事をするようになった」と後に語っている。)暴言を吐いたほか、暴言が問題になった翌週には「今日は黙秘権」と発言を一切拒否したり、また放送禁止用語も頻発するなどの問題行動を起こし(本番中にトイレに行ってしまったこともあった)、1984年11月に渋滞が原因で飛行機に乗り遅れ、番組の出演に穴を開けたのをきっかけに降板した。やすしが降板した後は毎回ゲストを呼ぶ形式となり、立川談志・清水國明・とんねるずのほか、政治家では渡辺美智雄、森喜朗、渡部恒三などが出演している。

放送日に国政選挙が行われる日は、「久米宏の選挙スクランブル」として放送時間を拡大して放送した。この中で、落選した候補者には、葬送行進曲(風船割りゲームで全滅した時の音)を流し、候補者の顔写真が落ちていくという演出を行い、今の選挙番組とは一線を画すものであった。通常番組の各コーナーを選挙用にした VTRも放送された(国会の赤じゅうたんの値段や、後述の「兆しコーナー」を捩った”落選の兆し”など)。また、通常の放送でも政治に関する話題は毎週必ず取り上げられ、各解説委員によって子供にも解りやすいレベルで紹介、解説されており、これは現在、多く取り入れられている手法のハシリとも言える。

日本テレビでは、日曜夜8時台は主にドラマ(一時的にバラエティーも放送していた)を放送していたが、なんとかこの番組で長年続いていた視聴率低迷から抜け出せた。

番組で熱帯雨林減少の問題を取り上げた際、日本が問題に大きく係わっている内容であった。その為、少しでもその問題の改善になればとそれ以降、番組の進行表を、新聞の折込チラシの裏側に書き入れ、出演者・スタッフ共そのまま本番中にそれを使用すると共に、引き続きそれをアピールしながら問題提起を行っていた。
久米宏のTVスクランブルは、1982年10月~1985年3月にかけて、毎週日曜日20:00~20:54に日本テレビで生放送された情報バラエティ番組である。

1983年、第15回テレビ大賞優秀番組賞受賞。1984年、第1回ATP賞最優秀賞受賞。
放送ライブラリーで1本のみ(1982年10月10日放送分)であるが閲覧できる。