安吾はここで三つの例を挙げて語っています。
まず、小菅刑務所。
非常に高いコンクリートの塀がそびえ、獄舎は堂々と翼を張って十字の形に広がり十字の中心交叉点に大工場の煙突よりも高々とデコボコの見張りが突起っている。
もちろんこの大建築物には一カ所の美的装飾というものもなく、どこから見ても刑務所然としており、刑務所以外の何物でもあり得ない構えなのだが、不思議に心を惹かれる眺めである。
次に佃島の聖路加病院の近所にあったというドライアイスの工場。
工場地帯では変哲もない建物かも知れぬ。起重機だのレールのようなものがあり、右も左もコンクリートで頭上の遥か高いところにも、倉庫から続いてくる高架レールのようなものが飛び出し、ここにも一切の美的配慮がなく、ただ必要に応じた設備だけで一つの建築が成り立っている。
聖路加病院の堂々たる大建築。それに比べればあまり小さく、貧困な構えであったが、それにも拘らず、この工場の緊密な質量感に較べれば、聖路加病院は子供達の細工のようなたあいもないものであった。この工場は僕の胸に食い入り、遥か郷愁に続いていく大らかな美しさがあった。