The Essential Kris Kristofferson [Best of] [Original recording remastered] [Import] [from US]
~ Kris Kristofferson (アーティスト)
父は空軍の元将軍。大学時代は作曲で才能を磨き、ローズ奨学金でオックスフォード大学で学んだ。卒業後は西ドイツへ渡り、空軍のパイロットとして従軍。除隊後、ナッシュビルを本拠として音楽活動をはじめた。音楽界に入ったのは、たまたまジョニー・キャッシュの所有のヘリコプターを操縦する際、デモテープを聴いてもらって認められるようになった。
1960年代後半から数多くのヒット曲を作り出し、1970年代には大御所ウィリー・ネルソンやジョニー・キャッシュらと並び賞され、現在もカントリー&ウェスタン界ではトップスターとして高く評価されている。アメリカではスタンダードとなっている楽曲も複数生み出した作曲能力に加えて、ストーリー性のある詞の評価も高い。彼自身のデビュー・アルバムにも入っている「ミー&ボビー・マギー」は、ジャニス・ジョプリンが『パール』で取り上げて、全米1位のヒットとなった。
一方、ニューシネマ到来の波に乗って映画界にも進出。1971年の『ラスト・ムービー』を皮切りに、サム・ペキンパー監督に見出されて、数え切れぬほどの作品に出演。なかでも1973年の『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』での存在感は群を抜き、素朴ながらも荒削りな役作りには定評があった。とくに酒を実際に飲みながら台詞を話すというリアリティを追求。これが1970年代という時代とも合致している。
だが、ゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞した『スター誕生』で、キャリアが衰退してゆくロックスターを演じたあたりから次第に影が薄れ、1980年代以降は映画では作品に恵まれなかった。それでも、俳優活動は継続して行い、TVドラマなどで渋味のある印象的な役を演じる一方で、大作映画では脇で活躍し、悪役や個性的なキャラクターを多く演じて、近年でも親しまれている。特に1986年の『トラブル・イン・マインド』、1989年の『ミレニアム/1000年紀』での好演、1998年『ダンスウィズ・ミー』に加え、『ブレイド』シリーズの老ハンター役が記憶に新しい。
これまで2度結婚しており、二人目の妻である歌手リタ・クーリッジの間に1児をもうけるが彼のアルコール依存症のため1980年離婚、1983年に再婚して5児の父である。