エレキギターを美しいものに変えた人物 | ノイズのなぐさめ

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歪んだ美意識。
ちっぽけ 些々たる しがない
たわい無い 些末 末梢的
スマート、スィート、デンジャラス
大切なのは長く働くこと。

ピート・タウンゼントは1945年、ロンドンのイーリングで生まれる。父親のクリフはプロのサックス・プレイヤーであり母親のベティは歌手という音楽一家であった。幼年時から音楽に対する関心を示し、アメリカのロックンロールに興味を持った彼は12歳の時に祖母から最初のギターを買ってもらう。後に彼はそのギターを「安物のスペイン製」と語っている。

タウンゼントは1961年にイーリング・アート・カレッジに入学する。翌年彼は学校の友人ジョン・エントウィッスルと共に最初のバンド、ザ・コンフェデレーツを結成した。それはディキシーランド・ジャズのデュオであり、タウンゼントがバンジョーを弾きエントウィッスルがホーンを演奏した。彼らは間もなく板金溶接工のロジャー・ダルトリーが率いるスキッフル・バンド、ザ・デトゥアーズに加入した。バンドはその後宣伝担当者の提案によってハイ・ナンバースと名前を変え、彼らはよりモッズ然としたスタイルを取ることになる。彼らはシングル「ズート・スーツ」のリリース後、新たな二人のマネージャー、クリス・スタンプおよびキット・ランバートと契約を結ぶ。これがザ・フーの始まりであった。

ハイ・ナンバースはフーに名前を変える。タウンゼントが書いた「アイ・キャント・エクスプレイン」「サブスティチュード(恋のピンチヒッター)」「マイ・ジェネレイション」と言った初期のヒット曲は、バンドの代表作となりそのイメージを創り上げた。初期のステージでのタウンゼントは、しばしばコンサートを中断させるほど長い曲紹介と、右腕を風車のように回転させるウィンドミル奏法、(たまにネックに腕をぶつけるが)他にもギターを破壊することで有名になった。ギターを打ち付けるのは最初はアクシデントによる物であったが、後に楽器の破壊はフーのステージでの定番アクションとなった。「エレキギターを美しいものに変えた人物」とジミ・ヘンドリックスも認める白人ギタリストである。ギネスブックに載るほどの轟音で演奏することで知られ、スタジオでもヘッドフォンを装着し長年大音量で聞いていたことなどが原因で現在は重度の難聴に陥ってしまったと後に話す。

2003年1月、児童ポルノサイトに接続した容疑で逮捕されるが、不起訴により釈放された。スコットランドヤードによる4ヶ月近くの捜査の結果、タウンゼントが所有するコンピュータに違法画像を保存した形跡は発見されなかったが、接続した事実は認めたため性犯罪者リストに5年間登録される事になった。

若い頃は特定の信仰を持っていなかった。1960年代後半に、インドの宗教家メハー・ババの教えに触れてから、彼は慈善活動を音楽活動と平行して行ってきた。1980年代から、スティングやボノとともにアムネスティ・インターナショナルを支援するミュージシャンの一人である。