「帝国」の「戦争機械」が猛威を揮う時代に、未開社会における暴力=戦争の意義を考察する。人間の声に、人間的な言葉に耳を傾けるために。『千のプラトー』において、ドゥルーズ=ガタリが思い出を捧げたピエール・クラストルによる、未開社会の暴力をめぐる哲学的挑戦。
暴力の考古学―未開社会における戦争 (単行本)
ピエール クラストル (著), Pierre Clastres (原著), 毬藻 充 (翻訳)
【著者情報】(「BOOK」データベースより)
クラストル,ピエール(Clastres,Pierre)
1934‐1977。パリに生まれ、ソルボンヌ大学で哲学を学ぶ。人類学者で、南アメリカ先住民の神話を研究するアルフレッド・メトローのもとで、南アメリカ民族学をフィールドに選び、政治人類学者としての道を歩み始める。哲学者クロード・ルフォールらとともに雑誌『リーブル』の創刊に参加し、政治権力をめぐる問題を軸に論文を発表し始める。すべての文化は自民族中心的であることを免れ得ないとしても、「異民族文化抹殺的であるのはヨーロッパ文化だけである」と断言し、それは「多なるものを解消して一にしようとする同一化の原理」がはたらいているからだと喝破するなど、南アメリカ先住民社会を深く研究しつつ、それに基づいてヨーロッパ文明に対する徹底的な批判を展開した。不幸、自動車事故で夭折したが、形成途上にあったその理論は、フェリックス・ガタリの「戦争機械」概念をはじめ、急進的な現代フランス政治・哲学思想に影響を与え続けている
毬藻充(マリモミツル)
1950年生まれ。現在、同志社大学で哲学、京都精華大学ほかでフランス思想・比較思想史・現代ヨーロッパ論系の講義を担当(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)