アルベール・ルーセル Albert Roussel (1869-1937)
フランスの作曲家。本名アルベール・シャルル・ポール・マリー・ルーセル。1869年4月5日,北フランス,フランドル地方のトゥールコアン生まれ。7歳で孤児となり,祖父に引き取られた後,さらに11歳でその祖父を亡くすなど不幸な幼少期を経験するも,早くから音楽的才能を発揮。教会オルガニストに師事して最初の音楽教育を受ける。海に憧れて海軍兵学校へ進学,軍属として世界各地を航海するも,健康を害してこれを退いた。1894年,25歳で本格的に音楽を学ぶことを決意。パリへ出て,ウジェーヌ・ジグーにピアノ,オルガン,和声法,対位法を学ぶ。次いで1898年にはスコラ・カントールムに進み,ヴァンサン・ダンディに師事(修了時39歳と晩学であった)。4年後には同校で教鞭を執るに至った。曲によっては和声法などに印象主義の影響も見られるが,循環形式を好んで用いるなどフランクやダンディの影響が濃く,より形式的で保守的的な作風を得意とした。1937年8月23日,ルーアンにて死去。
ルーセルは気質において古典主義者であった。初期作品は、強烈に印象主義音楽に影響されているけれども、次第に個人様式を見出した。ルーセルの作曲様式は、構想においては形式中心で、強烈なリズム感があり、同時代の作曲家(例えばドビュッシーやラヴェル、サティ、ストラヴィンスキー)の作品に比べて、 調性に対するはっきりした好みが明らかである。ルーセルは重厚なオーケストレーションがしばしば非難されてきたが、これはフランス人らしい繊細で名状し難い様式に似たものが期待されるからであろう。だがルーセルはそのような美学を完全には誰とも共有していない。派手なドイツ・ロマン主義音楽のオーケストレーションに 比べると、ルーセルのが重厚などとはとうてい言えない。
ルーセルはジャズにも興味があり、《夜のジャズ》と題された歌曲を作曲した。同時期のジャズに霊感を受けたフランス人作曲家のその他の作品に比べると、この曲は興味深い対照をなしている。(例えば、ラヴェルの《ヴァイオリン・ソナタ》の第2楽章や、ダリユス・ミヨーの《天地創造 La Creation du Monde》を参照)。
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