無垢でノスタルジックな原初共同体 | ノイズのなぐさめ

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歪んだ美意識。
ちっぽけ 些々たる しがない
たわい無い 些末 末梢的
スマート、スィート、デンジャラス
大切なのは長く働くこと。

ジャン=リュック・ナンシーの『無為の共同体』

 ナンシーが使う脱構築の手法とは、簡単に言うと以下のように簡約化することができるでしょう。脱構築とは、作者が書いたものを検討するだけではなく、作者が書かなかったものを、そしてどこで作者の考えは止まったのかを、またどこで問題を考え抜くことから踵を返したのか綿密に検討する作業です。
 彼は思考がつまずいた場所を探し求め、このことによってナンシーは作者が自分の問題を考えるために進みたかったが、実際には進めなかった次のステップを明らかにしようとするのです。

 このような手法で作品や世界を読みとることによって、善―悪といった二分法に従って、片方を正しいものとしもう一方を正しくないものとする伝統的な思考法によって作り出される世界は、実際には自然に存在するものではなく、その背後に隠された検証されない装置によって構築されたヒエラルキー世界にすぎないことを暴き出すことが可能となります。そして、実体―形象、肉体―魂、存在―非在、理解可能―知覚可能といった二元的な裁断によってつられた世界は、一見すると実体に見えますが、実際には切り離す事ができない関係の中でのみ意味を生み出し意味を持つことできることが明らかになるわけです。

無垢でノスタルジックな原初共同体という想像も、それ自身が共同体の政治の出発点に置かれると、その原初の無垢は消え去ってしまい、しばしば外在的な暴力の道具となっていく。それゆえ私たちは、失われた共同体とそのアイデンティティーにまつわる回顧的な意識を疑うようになるべきだとナンシーは考えるのだ。逆にあらゆるところに見出される失われた回顧的なイメージは、実は理想的な未来への展望のイメージのために使われているのではないか。実際に私たちの歴史は、ユリシーズの出発から始まり、競争と紛争と陰謀といったものを伴っていたではないかと。