人間は本当に愚かだ。
自分を自分たらしめるソレと
自らが生きる為に得たソレを
同一視しあまつさえ粗末に扱う。
歌い手ならば声、描くのなら想像力。
文字を生み出すなら表現力。
曰く、命そのもの。技、心、アイデンティティ。

「自分の身体だから」「自分の能力だから」
とよく知りもしないでぞんざいに扱ってしまう事がある。
これが大きな間違い。取り返しのつくかつかないかではないのだ。

声の出なくなった歌い手は。
腕を失くした描き手は。
表現を辞めた書生は。
もう元には戻らない。
けして生きる為の道を変える事を否定している訳でも無ければ再生を望まない話でもない。
ただ、元には戻らないのだ。

アイデンティティである劈くような声が
それを出す為の身体の使い方が
一瞬でも身体を離れた時に強く深く感じたそれは
百年想い続けた恋が溶けてしまった瞬間。
自分のものだと思っていたソレは自分のものなんかじゃなかったと思い知らされた瞬間だった。
頼り切っていたソレはあくまで自分に寄り添い、手を貸してくれていただけのものだった。

ここまで私の怪文書を読んでいる皆さんへは強くご理解戴きたい。
自分が持っている全てはあくまで自由意思で手を貸してくれているだけなんだと。
あくまでこの世界は自分を中心に作られているのではなく、中枢に添えてくれているのだと。

今回の事で深くそれを痛感した私は、
傷つけてしまった「私」に改めて謝罪をし
また手を貸してくれる「私」の声に恋をしてみようと思う。
誰しも1番深く自分を愛する事が出来るのは自分自身だけなのだ。
失ったものは返ってはこないから。
だから、またイチからこの声との繋がりを持っていく事が私に出来る贖罪なのだ。