先日の7月9日、
私にとって22回目となる誕生日を迎えました。
当日を迎えたトキ、
世界で一番大切な仲間たちが、周りで祝ってくれていました
心から嬉しかった
私の人生の中で、
生まれて来て良かったと、
ここまで強く意識した誕生日は
22回目の今回が初めてでした
暦上の1年は本当の1年ではなく、
誕生日から誕生日までの1年が、
本当の人生の1年です
とすれば、21年間の人生を終え、
22年目の人生に入ったばかりの私
今、これからの1年間をどう生きて行くか
をひたすら、考えていました
生まれたばかりの赤ん坊の頃、
夜泣きもせず、夜はすぐ寝て、
夜中に一度も起きず、人見知りもせず、
満面の笑顔で天使のようだと誰からも言われ
女の子と間違われるくらいだった
長男である私は、親からすれば初めての子
右も左もわからない子育てで、
本当に手がかからなかったのよ、
と母に言われたことを覚えています
「あなたは赤ちゃんの時に一生分の親孝行を終えたんだね」
と、半ば諦めに似た気持ちで
親に言われました
私は名門の幼稚園の出身です
幼稚園の入園試験に合格した理由が秀逸でした。
隣の女の子が遊んでいるミニカーを奪い取り、
泣き喚く女の子を
微塵も気にせず楽しく遊んでいた
その姿を見て、園長先生が
「この子はヒトと違うモノを持っている」と、
合格にしてくれたそうです
幼稚園の頃はとにかくわんぱくで
正義感に溢れ、今思うと当時こそ
本物のリーダーであったと思えます
人目や評価など微塵も気にせず、
爽やかで自分を生きていた
「希くんはモテモテだね!」
と女の子に言われ、
モテモテの意味を知らなかったくらいです^ ^笑
幼稚園の卒園式の時、
私は失敗をしました
人生で初めて、父に私は全否定をされた
それから十何年、
ずっとこの時のコトを何百回も持ち出され、
責められました
私は深い深い傷を負った
大好きな父に、
全否定され罵られ、
何よりも悲しませてしまったと
その時から私は初めて、
自分はダメな子なんだ
と、周りからの評価を気にするようになっていった
小学生に上がり
低学年の頃はまだ良かったが、
中学年になると歪みは大きくなり
暴れ回っていた
授業中に担任にブチ切れ
机を蹴り飛ばし、
教団をひっくり返して出て行った
毎日闘っていて、
孤独だった
何人かの私をわかってくれる先生
がいたコトだけが救いで、
校長先生は
飛び出した私がいつも校長室に駆け込んでも
暖かく迎え入れてくれた
「キミは天性のリーダーシップがあるんだよ」
と、責めずに暖かく
ただ認めてくれました
高学年になっても暴れ回っていた私は
教師たちからは完全に悪党のレッテル
を貼られ、
学校では誰とも喋らせてもらえなかった
喋ってくれる友達はみんな、
罰せられました
そんな状況を見かねた何人かの友達が、
泣きながら担任に訴えてくれた
「これではあまりに希くんが可哀想だ、
良いトコだっていっぱいある」
と
それから私は変わりました
もらい泣きをしてしまった私は
翌日から優しくなれた
中学に入ってからは、
もうこんな生き方は辞めようと思い、
人目を気にし
常に評価にビクビクした
粋がってはいたが
内心は自信なんて全くなく
見た目を飾るコトに精一杯だった
コンプレックスの塊で、
イケメンと鏡で並ぶコトもできないし、
声をだすことも恥ずかしく、
話をする時も常に気にし、
髪型が崩れるからとプールにも入らなかった
そんな私はどんどん友達が信じられなくなり
裏切りに逢い、
また孤立して行った
進学校で勉強が嫌だった私は、
成績が悪くバカにされることに慣れ、
いつもおちゃらけて過ごしていた
今思えば全てが
苦しみからの反動だった
私が見た目を磨いたのも、
コンプレックスの数々を克服してきて
自信に変えたのも、
内面を磨こうと思ったことも、
高校生からITベンチャーでインターンシップをしたことも、
起業を志したことも、
高校3年の6月で高校を辞め、
ハワイに単身飛び立ち、
ヒトと違う道に行ったのも
全ての根幹は歪み、
私は私を認められず
自信がなく
なんとかヒトから認められ
評価されることに必死だった
その延長で私は生きてきた
幾度となく
自己啓発セミナーやコーチングの偉大な先生
の元に学びに行き、
何も変わらず苦しんだ
幾度となく仕事を変え、
環境を変え、
生きる場所を変え、
付き合うヒトを変え、
評価される場所を変えてきた
しかし結論は私が私を超えていない
同じ壁の前で
横に移動しているだけだった
景色は変わっても、
同じ壁の前であることに変わりはなかった
その自分が苦しくて、
何の為にヒトと違う道を選んだのか、
自分は何の為に頑張ってきたのか
自分は何と闘ってきて
何に勝ち、
何を得てきたのか
その全てがわからず、
誰にも相談できず、
心折れ、逃げ、正当化し、
新たな挑戦とカッコつけて
場所を変え続けた
ココロは全てを知っていた
私は逃げ続けているんだと
その自分を知っているからこそ
生きているのが辛くて
毎年年末や誕生日が来るたび
去年と何も変わらぬ自分の本質に悔しくて
その自分を見て見ぬ振りをして
カラ元気で笑って過ごした
私が私を捨て
見てこなかった代償は大きい
私は去年の頭、
心理学に出逢い
私を初めて
真正面から見つめる道に辿り着いた
それから2年弱が過ぎ
今に至る
私は私を掴んできた
多くのことが変わったし、
自信というモノがなんなのか、
愛とは何なのか、
人生とは何なのか、
自分とは?
たくさんの答えを出してきた
そして今、
22回目の1年が始まった
今、思うことをココに記しておきたいと思う
私が生まれてから
幼い頃の私のまま
歪まずに生きてきた私が存在する
その私は、
どんな姿で、
どんな髪型で、
どんな顔をしていて、
どんな声で、
どんな話し方で、
どんな雰囲気で、
なんの仕事をしていて、
なにが趣味で、
どんな生き方をしているのだろう?
その私があまりにもすごい人間であるとわかる
今の私では到底かなわない
その私が存在する
その私に、わたしはなること
それだけが今の望みである
それが自己実現である
周りになにを言われても構わない
答えは私しか知らない
私は幼き日のまま
私を待ち続け
共に黙って生きてきてくれた私に出逢う
迎えに行き、抱き締める
共に生きていく
そうすることだけが今の私の望みである
迎えに行く。
私は私を取り戻す。
無条件に愛を持ち続け
待ち続けてくれた私に会いに行こう
そして統合する
その時私は私を超え、
時空を超える
新たな人生が始まり、
追い求めた私から、
本当の意味で与える私になれる瞬間
であろうと思う
22年、
歪まずに生きてきた本当の私に
私はなる。