ヒトに与える人になりたいと言う。
しかし、
人に与えられるのはコップから溢れ出た水の分だけだ
自分のコップが空っぽだったら?
自分のコップが少ししか入っていなかったら?
自分が満たされていないのに
人に与えようとすれば
相手に与えるのは喜びだろうか?
お金は必要ない
いやお金は必要な分しか必要ない
僕たちの世界にお金が生まれたのは、
価値の等価交換を行うためである
山から野菜を取ってくる人と、
海から魚を取ってくる人の交換は成り立っていたが
魚を取ってくる人と、
虫を取ってくる人のニーズが互いにマッチしない
その時にでも取引を成立させられるように、
ではお金と言う
価値を証明する共通のモノをつくりましょう
と言うことになった
つまり、お金と言うのは
等価交換の最も簡単な道具にすぎない
自分に相手に与えてもらうモノと
等価の価値を与えられるモノ
を持ち合わせていない時に使うのが、
お金と言う手段である
と言うことは、
本来はお金と言うモノに依存し
頼る必要はない
私たちは、
お金を払う前に
何か与えられる何か他のことはないのか
お金を頂く前に、
他に何か等価交換できるモノはないのか
を探り合う必要がある
生活や欲求や愛の中で、
相手の何かを満たせるモノを
僕はこれを教えるよ。
だから代わりに毎日の料理を作ってくれる?
僕はこれを提供するよ。
だから好きなときに君のエステサロンを使わせて。
あとウチの美容品を宣伝してくれる?
とすれば、お金は必要ない。
どうしても埋めあえる交換が
できない場合に限り、
お金と言う手段を選べば良いだけだ
ではなぜ、
必要以上にお金を稼ぐ必要があるのだろうか?
大富豪の価値とは?
社会貢献以外にはやることが見つからない
自分の生活と欲求と愛を全て満たしたその先に、
自分を満たし、
自分の周りの大切な人を満たしたその先に、
まだ有り余る富があるのなら、
自分の本当にしたい社会貢献をすればいい
ただあくまで交換である。
この世界の法則はエネルギーの等価交換である。
では貢献先からはどんな価値を受け取るか?
モノでもお金でもサービスでもない
現地の人たちの笑顔や、
喜んだ姿や、
ありがとうの手紙にココロが満たされ
幸せな気持ちをいただく
これが本当に幸せに感じるのであれば、
私は社会貢献を喜んでしよう
自分と身の回りを満たせるだけの富を持ち、
それでも溢れたモノは喜んで提供しよう
私にできることがお金を用いた貢献なのであれば
その為にお金を稼ごう。
大富豪にはそれにしか価値はない
お金など溜め込んでも仕方ない
使ってこそ意味があるのだ
自分を満たし、自分を幸せにし、
その範囲をどこまで広げることができるのかと言うのが、
私の生きる意味だ
まずは、本気になって
自分の幸せだけを考えなければならない
私を幸せにして初めて周りを幸せにできる
私は私に嘘をつかず、
自分の願いや希望に耳を澄まし、
その全てを叶えるために
同じことを周りにすればよい
同じことを世界にすればよい
自分の声が聞こえない人間に、
世界の声がきこえるだろうか?
私は私と出逢い
私たちの幸せを共に実現する
自己実現が
まず初めにやるべきことである