家では日本の様に命日を行事として忍ぶことはないのですが、写真を見て、
主人の両親のことは話します。
残念ながら近くに住んでいなかったので4年に一回ぐらいしか会えなかったのですが、
お父さんもお母さんも大変優しく良くしてくれたことは忘れません。最初に
訪れた時は親戚中大勢集まってくれて覚えるのに一苦労でしたが、皆快く迎えて
くれたことは有り難い事でした。父方は皆ドイツ人ですから移民の子です。お父さんの
お母さんは第一次世界大戦で夫を亡くされ、苦しい生活を余儀なくされ、アメリカに渡った
妹夫婦を頼りにニューヨークのエリス島経由でアメリカに移民しました。その時、一人の
娘を伯母に託して来たそうです。その後、一度も会えず亡くなりました。
そして、第二次世界大戦後、兄弟(5人)はアメリカで再会したそうです。戦争中は
二国は戦ったのですから、日本と同じ状況でした。主人の伯母さんはまだドイツ国籍
だったので、戦時中は村の外には出られなかったそうです。嬉しいことに伯母さんの
娘達、孫達はドイツの親戚と未だに行き来をしているそうです。
主人の母はイギリス系のアメリカ人で何と祖先はイギリスのブリストルから来たそうです。
母はその当時、大学までいった女性、社会福祉で働いていたのに、旦那さんが反対で
ずっと主婦業でした。ボランティアに徹し、市長賞、そして市のストリートも彼女の名前に
なっています。長い間、人の為に尽くしてきたお母さんを尊敬しています。
私は何もしてこなかった人間ですが、息子は命日に私のことを思い出してくれるかしらん???
若き日の義理の父
若き日の義理の母
今日はカレーライス、やっぱり美味しい!!!