過去に書いた文章2 | 生命医科学雑記帳

生命医科学雑記帳

evernoteのバックアップ、twitterに投下した内容のまとめとして使います。
細心の注意は払っているつもりですが、未だ専門分野を持たない研修医であるため、正確性に欠けることがあります。悪しからず。

研究室勧誘のために作成した講演スライドの草案。原文ママ。往時の輝きを垣間見る。

 

「zebrafish遺伝学のあゆみとこれから」

Slide1 本講演について

 ゲノム編集の登場により新時代の幕開けに立ち会える我々は幸せである。本講演は、知恵の女神ミネルヴァに倣って旧時代を振り返り、黄昏のふくろうとしてそれを伝え、今後10年を考える機会にしたいと思う。ふくろうとは違って幾分偏りがあり、大局的視点を欠くことをお許しいただきたいものと思う。そういう意味で、私自身の実験から新しい概念を提唱するというよりは、モンテーニュが書いているように「摘んだ花の小さな花束だけを作り、花を括る紐以外に私のものは加えなかった」。

 タイトルはゼブラフィッシュに限定しているが、我々ゼブラフィッシュ屋は閉塞的な集団ではないために、紹介する方法は細胞や他の生物種においても利用可能なものである。方法に関しては高度にサイエンティフィックなので、そういう方法もあるとだけ感じていただければ十分である。それよりも、ところどころにちりばめた科学哲学を理解していただければ幸いである。

 

Slide2 自然科学の哲学

 パスカルの定理

 1. 洞窟壁画の時代より、現象は記述され、コミュニティ内に共有され、印刷技術の発達により世界中に拡散された。例えばヒポクラテスは。理論は後付であった。

 2. 日本で初めてフィールズ賞を受賞した数学者の故・小平邦彦氏はユークリッド幾何学の自然科学的手法との類似性を指摘している。幾何学では正確な描図によってのみ真理を導くことができるが一方で、自然科学においても厳密な実験方法が重要であるのだ。この類似性のために氏は初等教育へのユークリッド幾何学の導入を推進した。

 3. パスカルの定理を証明するためには、方べきの定理やメネラウスの定理という先人の積み上げてきた真理を使用しなければ不可能である。このように先人の行ってきた膨大な情報からなる”巨人”の肩の上にのってあたりを見回し、自分も小さなことを積んでいくのである。

 

Slide3 順遺伝学と逆遺伝学

 冒頭で科学的なことの詳細は理解しなくても良いと述べたが、唯一理解して欲しいのが順遺伝学と逆遺伝学である。どちらも因果関係の証明を目指す。簡単にいうと、順遺伝学は変異体を同定し、その原因を見つける方法であり、逆遺伝学は原因となる変異を人為的に導入し、症状を引き起こすことで因果を証明する。では、順と逆は何を持って定義しているのか、考えてみよう。歴史的にみると、既に述べたように、現象が最重要なのであり、この症状の人にはどう対策すればいいのかが最優先事項であった。これはアメリカ医学に引き継がれた。比較的新しいドイツ医学は原因を解明すれば、その症状を呈する人を治療できるという考えであった。この考えは伝統的な医学とは逆の考え方であったのである。

 

Slide4 遺伝学の小史:歴史を理解する意義

 歴史をおろそかにすることはベーコンのいうような「円運動」を引き起こす。つまり、進歩などありえず、すべては過去の追試である。自分が新発見したと思ったものは実は過去にすでに明らかにされたものであるのだ。歴史はまた、自分がどの立ち位置にいてどこに向かえばよいのかのコンパスを与えてくれさえする。私が最も重要であると考えるものは、過去の偉人との対話を通して癒しを与えられ、霊感を授かることである。さて遺伝学の歴史は古く、ヒポクラテスは親子が類似の特徴を持っていることに気づき、形質が親から子へ伝播されることを不完全ながらも把握していた。物理学専攻の私よりも皆さんの方が詳しいので、痴態をさらさないように説明は割愛させていただくが、メンデルからの偉大な潮流の中で、DNAが遺伝情報を持つことが明らかにされた。これにより、シークエンスやPCRの原理が考案され、実用化に至った。ここに示す業績のほとんどは生物学におけるマイルストーンなので、ノーベル賞が多く出ている。

 

Slide5 ゼブラフィッシュの生態学

 ゼブラフィッシュは1822年に東インド会社所属の医師ハミルトンによって初めて記述された。ハミルトンはガンジス川で発見しているが、実際は大河にいることは迷い込んだときのように稀であり、普段は流れの弱い小川やモンスーンのときに形成された水溜りに生息している。実験室では年中産卵可能であるが、野生のゼブラフィッシュはモンスーンの時期にのみ産卵する。

 

Slide15 NMDからサイエンスを考える

 Step1. Detection:スプライシングが完了した、すなわちイントロンが除去された後のエクソンと次のエクソンの境界の20数塩基上流にexon junction complex (EJC)が集積する。また、終末コドンには対応するアミノ酸が存在しないため、リボソームのA部位にRF1, 3が入り、他の蛋白と複合体を作っており、GTP存在下に翻訳されたポリペプチドが放出され、リボソームが不活性化される。通常は必ずEJCの下流に終末コドンが存在するが、ナンセンス変異により途中に終末コドンが形成される(PTC)とEJCの上流に終末コドンが存在するような異常な事態に陥る。このときEJCと終末コドンに形成される蛋白複合体は相互作用し、DECID複合体が形成される。

 Step2. Tagging:DECID複合体が形成されると複合体中のUPF1がリン酸化される。これによりリボソームは解離し、翻訳はストップする。

 Step3. Destruction:リン酸化UPF1はヌクレオチド鎖切断酵素をリクルートする。これによりPTCを持つmRNAは不可逆的に分解される。

 

 実はこの一連の流れはユビキチン-プロテアソーム系による異常タンパク質の分解過程と非常に類似している。

 Step1. Detection:正しく折りたたまれていないタンパク質は疎水基を露出しており、凝集しやすい。折りたたみを促進する様々な分子シャペロンが複雑なネットワークを作っているが、主にHsp70がこの疎水基に結合し、ATPを用いて正しい折りたたみを促している。それでも正しく折りたたまれない場合にHsp70はユビキチンE3リガーゼと相互作用する。

 Step2. Tagging:E3リガーゼはE1、E2と協同して異常蛋白質にユビキチンを付与する。

 Step3. Destruction:ユビキチンでタグ付けされた異常蛋白質はプロテアソームにて分解される。

 

 Hspに関連するトピックをひとつ紹介すると、実は水晶体の主成分であるクリスタリンはhspが眼で発現したものである。進化の過程でいくつもの突然変異が蓄積することにより、現在のクリスタリンになったのである。生物は先祖から受け継いだものを用い、それに小さな変化を加えることで、新しい機能を持つのであって、無から有を生み出すのではないのである。同じように、サイエンスの新しい理論は神託のようにある日突然天から降り注いだわけではなく、1つ1つの小さな実験の積み重ねである。例えば、翻訳を阻害するCHXをかけるとNMDは起こらないことから、NMDは翻訳と共役する。皆さんはこういう細かい仕事を聞くと、非常に多くの似たような細かい仕事ができると思われるかもしれない。実際そうなのである。医学という巨大なニーズの山には、一歩立ち入れば、ダイヤモンドに変わりうる鉱石がそこら中に散らばっているのである。ただ、実験結果を鵜呑みにしてはならず、純粋に疑う健全な心が必要である。自分や他人の実験結果に対して、特に自分の仕事に対しては難しいが、常に疑問を持たなければならない。「本当にそうか、他の影響が混ざっているのではないか」と。そうしなければ、エディントン(天文学者)が言っているように「その石を彫って御覧なさい。ヒトの顔が出てくるから」という真理に対して「それはあなたがヒトの顔になるように彫ったからではないか」と批判されてしまう。要するに、自分の都合の良い結果を優先し、ストーリーに沿わない結果は無視してしまうことが往々にしてあるのだ。こういうことからくるバイアスを認知心理学では確証バイアスという。皆さんはこのような、無意識に潜む罠に気をつけていただきたい。

 

 さて、大学と高校の違いは何であろうか。課題を自分で見つけることを挙げる方もいるだろうが、まったく持ってその通りである。しかし、テストで良い点を取ることに命をかける高校的教義が骨の髄まで浸透している昨今において、実践している人はかなり少ない。我々に言わせると彼らはフォアグラ用のストラスブールの鵞鳥のように、知識を無理やり詰め込まされ、将来は取替えの利く都合の良い存在に成り下がるように思えてならない。そうならないために、在学中においてアクションを起こすべきである。私の北大の友人のように、休学し、発展途上国における男女差別を問題視し、男性に妊婦の大変さを知ってもらうために、道行く男性に胎児分の重りをおなかにかけてもらう活動をせよとまでは言わないが、研究は手っ取り早い手段である。なぜなら、課題はそこら中に落ちているのだから。