Going Underground    The Jam
Shout To The Top   Style Council

ポール・ウェーラー

モッド ファーザー」なる呼称で尊敬される人物です。
注 モッドで正解です。

まあモッズってピント来ない人の為に解り易く説明すれば「ビートルズ」のデビュー当時の髪を下ろし細身の3ボタンのスーツファッションに代表されるスタイルです。
正確にはそれらのファッションや音楽を含めたライフスタイルの総称です。

彼は当然ビートルズの影響をうけており彼のバンド「ザ・ジャム」はビートルズのコピーバンドから始まってます。

初めはセックス・ピストルズの後を追うような感じでしたが、途中からモッズ路線へと。

この路線変更が功を奏したかザ・ジャムは全英で大ブレイク。

が、ポール・ウェーラーは段々R&Bファンクの色を取り入れたいと音楽を模索。

お分かりの様にファンク並びにR&Bはホーンセクションの導入が望まれる為バンドはその形態に向かいます。

しかしながらザ・ジャム自体の発祥が元々パンク

他メンバーとの音楽性の相違、並びに演奏スタイルの限界から人気絶頂にてザ・ジャムを解散へと強引に導きます。

そこで結成したのがスタイル・カウンシル

音楽スタイルは先ほど触れました様に若干ポップR&Bテイストを取り入れた感じへと。

ザ・ジャムのファンから批判も受けながら、歌詞に反体制のメッセージ色を取り入れることでのザ・ジャムファンの吸収にも成功し、バンド的にはニューウェイブとして成功します。

スタイル・カウンシル結成当時アメリカ拠りに振った割にはイギリスでのセールスも好調でバンド的に大成功だったと言えるでしょう。

が・・・・・・彼の先進発展的性格はまだまだこれぐらいでは収まらず色々サウンド模索を始めます。
その結果迷走という形になりセールス的に大不振に陥ります。

最終的にハウスミュージックに向かったところでレコード会社からリリース拒否という形でスタイル・カウンシルは消滅という道をたどります。

これにより彼は引退を考えましたが考え直し原点に戻るがの如くそれこそ小さなクラブへの出演などにより次第に地味にファンの再獲得を成功させます。

復活の兆しはそれこそ本国イギリスではなく他国で。
日本での公演はイギリスより盛り上がりました。

徐々にその存在を再認識させられた本国イギリスのレコード会社は彼と契約し、後全英1位を取る活躍へと繋がります。

今現在も彼は活躍しています。

折角ですので彼のソロで復活後の作品を。

You Do Something  to Me   Paul Weller