完全に私の主観で述べてることをご了承願いたい。


最近は視聴率の話題にことかかない。「半沢直樹」のような化物番組、「ごちそうさん」、「あまちゃん」、「ドクターX」などという高視聴率の番組に対して「夫のカノジョ」や「家族のうた」みたいに低視聴率に苦しむことで逆に注目を浴びてしまったりする番組もある。


私的には確かに番組内容の問題が一番であると思うが、最近は録画してゆっくり観るという選択肢が多く選ばれる以上 果たしてこの数字のみで評価していいのか??と思ってしまったりする。

いったん話題になってしまうとマスコミや口コミによる相乗効果で視聴率の上昇に弾みをかける傾向があるので、「半沢直樹」とか「家政婦のミタ」みたいな凄い視聴率を稼ぐ番組がでるのも当然のことだ。

だってさぁ「 あまちゃん」にしろ「半沢直樹」にしろ「家政婦のミタ」にしろ、ドラマ中の台詞とか特徴的演出が芸人をはじめ、いろいろなタレントのトークに使われたり、各話のストーリーが同僚や近所、友達の話題に上がりやすく注目度をあげることは容易にわかるもんな。


手っ取り早く高視聴率を狙うなら人気タレントの起用などの話題性なのだが、観る人自体が年齢とか職種、性別にしろ違うので内容自体が良くないと、初回放送以降下降線をたどることが多い。ここで面白いのが、ドラマ番組自体の内容が悪く初めの話題性があった番組などは逆に視聴率の悪さのこと自体がネットなどの話題になり、暇人などの興味により若干の上昇、維持などを見せたりすることだと思う。

「半沢直樹」などをみると堺雅人本人はメジャーであるがキャストはミーハー度が少ないにも関わらず、創り込み(ネットや世間の評価)で視聴率を稼いだのは最近では異例なのかもしれない。


さて、私は実は「スペック」が最近??(映画化)のドラマでは完全にツボである。

戸田恵梨香には全然興味は無い。完全に内容がツボだ。

なんとも「おっしゃれぇ」という感想だ。それは挿入歌にも言える。あまちゃんのあの冒頭の音楽がすばらしく印象的でそれも視聴率に影響を与えたように、[スペック」の挿入歌が私の感性を刺激したのも間違いないと思う。

それよりなにより、所々に散りばめられたパロディーやギャグとシリアスとの切り替えに「すんばらっしっぃ」なんて思ったりする。

「安堂ロイド」もご存知の通り脚本は西萩弓絵。

なんとなくちょいSFチックな話に「同じ脚本家かぁ、なるほど」と感じるが、それだけだ。

面白い、面白くないなんて個人の感性だから「安堂ロイド」をダメだしはしない。

がはっきり言って視聴率はさておき興行的に上にいったのは間違いなく「スペック」だろうな。

[安堂ロイド」のほうがキムタクをはじめキャストはほぼ旬な面々を揃えて、「半沢直樹」の後番組ということで良くも悪くも注目度は高く、批評は厳しくなるかもしれないが注目度という点では完全有利だったはず。

でも結果としては前述の通り。

ネットは批判中心であることは前々から述べてるが、「大島ゆう子がうんぬん][ストーリーがうんぬん」とか色々批評はあるがなんども言うように面白い面白くないは個人の主観で押し付けるものではない。


でも最後の小田和正の曲がドラマにマッチしてるか??とかいうとミスマッチ感が否めない。

過去に小田和正のドラマの挿入歌が何度もヒットしてるからと言って それを押し込むのは安易な考えでしかないようにおもえる。

過去の成功例ばっかにこだわり、キャストや挿入歌の練りが無いのは企画の怠慢だ。


脚本は同じ人だが当然演出、プロデューサーが違う。それも「スペック」は演出、プロデューサーはかなりの多人数でやってる。

すなわち私が勝手に推測するに創り込みの問題なのかもとおもってしまう。


はっきりいって出演俳優に視聴率の責任をかぶせるのはナンセンス以外の何物でもない。

それよりも目玉出演者に安堵して創り込みが足りなかったスタッフの責任でしょ。

放送開始時点ではそれほどの目玉役者なしで結果を残した「半沢直樹」は脚本もさることながら、演出のこだわり、それに答えられる俳優陣の演技力、プロデューサーの創造、企画力に他ならないのではないのか??


一番いい例は映画で、監督で同じ脚本の映画が全く別の雰囲気の作品になるなんて日常茶飯事。


でも忘れてならないのがアカデミー、カンヌなどの受賞、つまり批評家、評論家などの創り込みの面での評価が一般の単純に面白いという評価に直結してるとは言い難い。受賞することでメディアの露出が増え、大衆の関心を引き、鑑賞者数の底上げができるという面では有利なのは間違いないのだが。


よくはわからないが ヒットするヒットしないは偶然の産物だとおもう。

でも創り込みが甘い作品でヒットするのは難しいと言えるのは間違いない。


なんかあの名言を思い出したよ。

『努力する者全てが成功するとは限らない。だが成功した者はすべからず努力している。』