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Strange Sky

世界はうさぎの穴に続いています

毎日が不条理。
そんな女が眺めるよしなしごと…

とても便利な言葉。

『もう3人は前を向いて歩いている』(二人に対しても、言われたね。それはまた後で書こうとおもう。)

いつから…?

確かに、前を向こうと努力してきたんだと思う。
でも、では、終わったことにたいして十分に悲しみ、受け入れて咀嚼する時間は本当にあったんだろうか?そんな風に表現しては、自分の感情をポジティブに向けたかっただけじゃないの?ポジティブは悪いことじゃない。でも、思う。

だって、本当は何も終わっていなかったのではないか?

死んでいない者の葬式が各所であげられていただけで。
生きながら柩に入っていたのに、なんで「始め」られる?

『自分の中ではとっくに結論の出ていたこと』だなどと、柩の蓋を打ったのはファン自身ではないの?彼らが血を流し、死んでいく傍らでファンはファン自身の感情の整理に追われたということか。ある者は「糾弾」に居場所を見つけ、あるものは「逃避」し、あるものは「諦めた」。

何故JYJはJYJというイニシャルだけの名前なのか?
3人で新しいグループを組んで新しい音楽をする「為に」「東方神起を出て行った」という表現が適切であるなら、何故JYJにはグループとしてのコンセプトが最初からきっちりと設定されていないのか?

やっと終わった。それが2012年、11月28日。
契約の不当さは誰の目にも明らかであったとは言え、日の目を見るはずの判決は「和解」という名の向こう側に落ちついた。そして表だっては裁判の焦点ではないはずであって、訴訟を起こした要因でもなく、しかし多分に水面下では問題であった筈の「誰が東方神起」なのかについては、その活動をSM社で続けるもの、すなわち残った二人のみと改めて法の場で確認されたということなのだろう。

だから、今回のドーム公演は「終わり」と「始まり」であったのだと思っている。
いままでを、きちんとファンの前で終わらせる事ができなければ始まりはないはずじゃないか?確かにその意味で、前回のドームは終わりの始まりだったかもしれない。


不透明な未来。

それが今やっと3人のたどり着いた「地点」だという気がする。3人の東方神起、としての名前のひとつの終点、そして迷路から抜けてもまた迷路かもしれない未来への「始点」。

しかし5人の物語は未だ終わったわけでは無い。とも思う。
なぜなら、JYJは未だにJYJで、その海は「赤い」から。。。。。