今朝の仕事で思い出したんだけど
前職となるイタリアンレストランでのコックの仕事
もうやってらんねーっていう気持ちもあり最終的に仕事が適当になっていた上に絶縁状態で退職をしたから偉そうな事なんて言えないんだけど
そうなった経緯の中に体育会系が多い飲食店の中のパワハラがあった
パワハラっていうか普通に単なる暴力なんだけど
かなりの頻度で食らっていたんだよね
棒で殴る、拳で殴る、蹴る、怒鳴るとか罵倒するとかも日常茶飯事
育ちの悪い学生時代を送っていて怖い先輩からの暴力とか理不尽な主従関係に脳がやられていたせいもあるんだろう
それに耐えて働いていた
家庭内の暴力とかも恐らく脳が慣れてしまっていて異常事態を感じにくくなっているんだろうなーって今では思う
そんな状態だと自分ではオカシイ事に気付きにくくなっているし
我慢をしてれば良いやってどんどん我慢のラインを無理なところまで引っ張って行ってしまうから
何かのキッカケで救われなきゃずっと地獄が続く
って前職の苦悩を話したい訳じゃないんだったw
そこにホールスタッフの暴力パワハラ上司が居たわけなんだけど(あくまもで私視点、いや返さない金銭問題もあったから私視点ではないかも)
客に対する接客力はハンパないんだよね
売上を上げる事への執念、熱意は凄い
めちゃくちゃファンが多く客から好かれていた
客のちょっとしたワガママくらいすぐ叶えて
労力なんて惜しまないしテーブルに付いて楽しく会話をしながらオススメの料理などを紹介しつつ
その日のメニューを提供してくれる
私からすると世間体を気にする外面のいい亭主にしか見えないんだけど
仕事なのでそのスキルは尊敬しかなかったし
自分も見習って吸収できるものはどんどん吸収した
営業力で言えば見習いながらライバルとしても見ていた
そんな私の仕事の様子を見ていた嫁からしたら
異質でしかなかったようで
「ぶっ殺してやりたいくらい嫌いな人の良い部分をよくフラットに評価できるね」
と言われた
確かに良く考えたら嫌な相手に対しては評価が変わってもおかしくない
見たくも考えたくもないと感じる人も多いかも知れない
物事の良し悪しは相手が誰とか関係なく判断する
どんな言葉で言われようと発言の内容、理屈だけを汲み取って判断する
これは私が特殊過ぎるのかも知れない
論理的思考が行き過ぎて仕事において冷淡になってしまう
良く言えばフラットな視点
でも単純に感情的な部分に鈍い
文章だけ見てると怖い人ってイメージなんですよねー山田さんって
とよく言われてしまう
いくら成果を出せてもパワハラをする化け物にならないよう気をつけなきゃな
ふと、昔を思い出す