例えば・・・姑の事。
私は、仕事帰りに時々寄る。
夫の職場は反対方向だし、夫が寄れば相当な時間がかかる。
だから、私が週日に寄るのは仕方ないと思ってる。私も近くではないが。
夫は、いつもメールで「ごめんね」と労ってくれる。
そして、私よりも帰宅が早かったら、いろいろな家事をして待っている。
夫は行けない分、自分のできる代償行為をしているのだろう。
それはそれでいいと思っている。互いの出来ることをしているのだから。
ただ、私が週日に行くことが固定化してくると、
やっぱり、夫の中で、姑への意識が薄れるように感じる。
人間、目の前に見えていないと、どこかよそ事になるのはよくある事。
自分の見えない所で物事が回っていれば、意識も薄れていく。
私が姑宅でのことを話している時、夫が聞いていない目をしていたり・・・。
夫も帰宅したばかりで、仕事のことで頭がいっぱいなんだろうとは思う。
でも、私も疲れた身体で、寄り道をしてきた・・・と思う。
だから、そんな時は素直に伝える。
また、夫は私によく言う。「実家にも寄ってきていいよ」と。
自分の方ばかり寄ってもらっている私への遠慮だろう。
夫の気持ちは分かる。でも、私は思う。
夫の根底には、実家には私が行くものという意識があるのかなって。
もちろん実家にはよく夫婦で出かけるし、両親をよく連れ出す。
でも、私は夫に伝えた。
実家は私が行くとは決まってない。私は姑の所に通っている、一人で。
私の実家へあなたが一人で行ってもいいんじゃないって。
互いがクロスして寄っても構わないはず。
夫は考えたらしく、その後、出張帰りに土産を持って実家に寄ってくれた。
★★★
互いが全く平等にはいかないだろう。
思いやりのある対応が、それを補ってくれるのかもしれない。
それでも、それが常となれば、いろんな思いが湧く。
まして、暗黒の過去?があるのだから、どうしても過去がついてくる。
不平等感は、とっても根強い。
家族のためにお金を使ってきた私と、借金してまで遊んだ夫。
ずっと操を立ててきた私と、簡単に破ってきた夫。
夫は家族の大変な部分から逃げて、私が切り盛りしてきたこと。
考え出したら、きりがない。
だんだんと膨らんでくると、夫がしてくれたことも見えなくなる。
人へ何かをしてあげたいと思い、頑張る。
別に見返りを求めているのではないが、いろんな思いが湧いてくる。
親にだって充分なことはしていないが、必要なことはしている。
親なのだからという思いで。
でも、将来、自分の子がどうしてくれるのかは分からない。
「自分はやってきたのに、我が子は、嫁は・・・」と嘆いてるかもしれない^^
そうやって、人は一生、不平等感を感じながら生きてくのかもしれない。
不平等に感じてきたことを何もかも回収しようと考えると、
苦しくなるし、また不可能だろう。
不平等なんか考えずに、愛を溢れさせればいいのかもしれない。
そんな人をたまに見かける。ホントに感心する。
私は無理だ^^
少しは真似できても、だんだんと悶々してしまうのは目に見えている。
今、思うことは・・・・、
我慢しないこと。我慢して頑張ると余計に不平等感は強くなる。
人への手出しを少なくする。自分はこれだけしたのにって思ってしまうから。
(これは、家族へはなかなか難しいけど。)
そんなとこだろうか。
互いに配慮があれば、うまくいきそうだが、
やっぱり、人は丸投げしてしまいがち。特に家族へは。
そんな時は、刺激がやっぱり必要だと思う。
心が・・・話し合うように、要求しているのかもしれない。