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前回の記事を書いたあと
わたしに縁があると感じている場所が
白村江の戦いで繋がっていることに気づきました。
白村江の戦いとは
663年に朝鮮半島の白村江(現在の錦江)で
百済復興を目指す倭国(日本)・百済連合軍と
唐・新羅連合軍の戦いです。
この戦いで倭国・百済連合軍は大敗し
朝鮮半島からの撤退を余儀なくされました。
大陸からの侵攻への備えと
国内の防衛強化のために
水城・防人の設置
天智天皇による中央集積化へ
転移するきっかけとなった戦いです。
大興善寺を訪れた際に
近くに朝鮮式山城の基肄城跡があることを知り
朝鮮式山城といえば
去年両親と訪れた
熊本県の鞠智城址も朝鮮式山城があったことを
思い出しました。
さらに調べると今住んでいる土地にある山城も
白村江の戦いの後に
造られたものだと知りました。
白村江の戦いで
斉明天皇と中大兄皇子が九州に下向し
斉明天皇は現朝倉市で崩御されたのですが、
斉明天皇が下向途中に宮を置いた小山が
わたしの実家の近所の小山だった
という事実があったことも知りました。
(帰省すると毎日のように前を通ります)
そしてわたしが夫の地元に越してきて
ずっと気になっている熊毛王国に関しても
新たに知ったことがあります。
熊毛王国とは
4世紀から6世紀の古墳時代に
山口県熊毛郡(室津半島周辺)を収めていた
地域豪族の連合勢力に対する現呼称です。
山口県には百済に関する地名や場所が
見受けられるのですが、
例えば、
現下松市(くだまつ)は百済津(くだらつ)
からの転換で
推古天皇の時代に百済の皇子が来訪されることを
告げる星が降り注いだという伝説があり、
現平生町には百済の名を冠した
百済部(くたなべ)神社があります。
同じ平生町にある
般若寺にお祀りされている般若姫さまは、
父の真名野長者が招いた
百済の僧蓮城法師より教えを受け
深く仏教を信仰し、
百済から伝来した観音像を護り本尊としていて
百済からの使者が提供した百済船で
橘豊日皇子(用明天皇)のもとへ上洛したと
いわれています。
(上洛途中に大畠の瀬戸で命を落とされます)
新たに知ったのは、
熊毛王国の熊は百済と関係深いようです。
475年に百済は高句麗から攻撃されたときに
熊津へ遷都したとあり熊の字があります。
百済の白村江は現在の韓国の錦江という
場所ですが、
山口県岩国市を流れる清流は錦川です。
(岩国は義母の母方のルーツです)
河と川の字が違うだけです。
岩国市の一部は以前熊毛郡だったそうです。
ちなみにわたしの父方に縁深い鹿児島県には
錦江湾があり種子島と屋久島には
熊毛という地名もあります。
母の誕生日に合わせて帰省したときに
大興善寺で12年に一度午年に御開帳される
ご本尊十一面観音菩薩さまのことを
母から教えてもらいました。
大興善寺は百済渡来人の家系に生まれた
行基さまにより造られました。
たまたま御開帳の時期と重なっていたので
プチ旅行に両親を連れて訪れましたが、
大興善寺を訪れたことにより
今までの点と点が繋がっていくとは。
まだまだ知りたいことがたくさんある〜![]()
最後まで読んで頂きありがとうございます。





