
すでに
もうご覧の皆様も多い事と思いますが 。。。
サークルの皆さんや 韓ドラ
「ホッコリ癒されて~
韓国放送時、何ともチャーミングなセギョンちゃん
包容力
高視聴率(同時間帯1位)を連続、話題を呼んだドラマです
過去と現在の〝輪廻転生”モノ
オンタイム視聴時は ちょっと「またかぁ~」な思いで視聴し始めたものの
やっぱり
優しい眼差しと 甘い声で あつ~~い
現実を忘れて(笑) 「ワァ良いなぁ
初視聴中の皆様 是非ドップリ浸ってご覧くださいね
最初から
最後はどうなるの?? とご質問頂きましたが(笑)
ネタバレは
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
歴史
このドラマの過去の部分の 「時代背景」って~~
以下↓ ≪ 第6話より(全20話)≫
(画像の具合が悪いです、ごめんなさい~

・ ・ ・ 争いを繰り返していました


( ・・・ その標的となり嫌疑をかけられ、流刑など迫害を受けます)

人脈について問いただされても、プ二は最後までミョンソを庇い続け
その報いに無残にも喉を切られ 。。。声を失います
それでもプ二は恋しいミョンソの元へ
感動の再会を果たした二人は 遂に
。。。。。。。。。。。
妻ソリンの画策で、「天主教信者」であると言う疑いを掛けられ
ミョンソ(キム・レウォン)は捕えられ流刑に。 ソリンはプ二
(シン・セギョン)と衣服を取り換えプ二を身代りに自分は難を
逃れます。
プ二は拷問を受けますが、それでもプ二は最後まで愛しい人
ミョンソを庇い。。。
その報いとして喉を切られ声を失います。 (悲しい、ですね
プロテスタントのことは「基督教」と呼びます。
19世紀末に伝わる「基督教」に比べ、「天主教」は、17世紀には
中国を通して伝わっていました。
16代仁祖の長子であり、清に人質として送られた昭顕世子とアダム
・シャールとの出会いだけでなく、17・8世紀に清に就いた燕行使達
が多くの「漢学西学書」をもたらしました。その間にも朝廷では多くの者達
が権力を握るため党派を組み替えては権力闘争を繰り広げておりましたが、
やがて英祖・正祖(在位1776‐1800)の時代には各派を平等に登用する
蕩平策が採られ党争は緩和されましたが、正祖死後ことごとく崩れます。
正祖の父思悼世子の死(1762)をめぐって起きた老論時派と老論辟派の党争
が宗教弾圧に繋がってしまうのです。
追記: 正祖の代にも、実は「天主教迫害」事件は有りました。
ドラマ「イサン」をご覧になった皆様!
「ハッ!」となりませんか~?
60話辺りに ソンヨンの弟が信者として描かれていましたが
1791年(正祖15) 実際にに起こったその事件 については
また次回のブログで少しご紹介してみますね
しかし・・・さすが~~『正祖』
事件後正祖は更に寛大な政策を執り、その後正祖存命期には
このような事件は起こらなかったそうです。
正祖の死後、純祖(在位1800‐34)が幼少で即位すると、大王大妃金氏
(英祖の継妃貞純王后金氏、正祖の継祖母)の垂簾政治が行われ、
更に純祖王妃の父で老論辟派のリーダー金祖淳が実権を握って時派(正祖
にくみしたもの)を抑圧するため大々的に宗教弾圧事件が起こります。
その始まりがこの1801年(辛酉年)に起こった『辛酉教獄』です。
西教(天主教)に関して平和的理解をしていた正祖に反し『西教(天主教)は邪教』
とされ、西教派は約140人が惨殺され、疑いを掛けられた多くの者達が
流刑になるなど迫害を受けました。
そうです!! あの
正祖の最側近の一人であったヤギョンも嫌疑をかけられ
長~~い長い "流刑生活”を強いられることに
チョン・ヤギョン! 色々なドラマに繋がって行きますよね
今また 再放送中の ドラマ「雲が描いた月明かり」

正に!! ここに繋がるこの時代背景ですww
チョン・ヤギョンの生涯は ドラマ「雲が描いた月明かり」関連
で その②として纏めようと思っています
それでは 。。。 ホッコリ
ドラマ「黒騎士」に ど~~っぷり嵌ってお楽しみください
ドキドキ
どうぞご理解の上、画像も含め転記転載はご勘弁ください 禁
歴史