関連する事件を描いたドラマ「王女の男」を加え 。。。
繋がりを
じっくり〝知って”もっと楽しく

≪韓国史劇を楽しんで≫頂きた~い
そんな気持ちを込めて 。。。


7月の〝韓国
大好き仲間たち”サークルで お話しました。(
遅くなりましたが) チョッとだけ ご紹介してみます。。。。。。。。。。。。。。
先月の サークルでお話した3つのドラマに
新しく〝放送情報”が入った ドラマ「鄭道傳」を加えて
〝繋がり・見どころ”を まとめてみます



7.24(金)スタート BS-TBS(161) 毎週(月―金) 17:00~ドラマ「大王世宗」 全86話 (2008/KBS) ・・・字幕

時代背景: 3代(太宗)→4代(世宗)→世子(5代文宗)
後に3代王太宗となる靖安大君李芳遠(イ・バンウォン)は、朝鮮王朝を建国
した始祖(太祖:李成桂)の5男として、建国時には既に亡くなっていた先妃
との間の子として誕生しました。
建国に素晴らしい功を挙げたものの、父(太祖)や鄭道傳(チョン・ドジョン)
等との確執が渦巻いていました。
父が継妃との間の王子(8男芳硯:バンソク)に王位継承をしようとしていると知ると
1398年 方硯を兄(7男芳蕃:バンボン)と共に殺害 (
第一王子の乱)芳硯の死に父(李成桂)はすっかり意気消沈し、次男である永安大君(芳果バンガ)
に譲位し〝上王”に。 兄芳果が王位に就いたものの実権は弟である芳遠に。
1400年、同腹兄(4男:懐安大君芳幹バンガン)が起した乱(
第二王子時の乱)を鎮圧すると、芳遠は自ら王世弟(ワンセジェ:王位継承する王の弟)の座に就く。
度重なる王族間の〝血の争い”に、次は自分たちにも身の危険がと恐れた定宗は、
同年11月遂に王の座を弟靖安大君芳遠に譲り、芳遠が三代王(太宗)となります。
この辺りの事 (高麗末期→朝鮮王朝建国→初期動乱期)は間もなく始まる ドラマ≪鄭道傳(ジョン・ドジョン)≫ (2014/KBS)

2015.8.24(月)スタートBSジャパン(171) 毎週(月~金) 12:57~
全50話 。。。 字幕放送
この後から を描いたドラマが≪大王世宗≫ です。
血なまぐさい殺戮を行ってきた太宗は国制整備と王権強化を図り、数々の業績
を積みますが、王権強化と中央集権確立の為多くの功臣や外戚を取り除きます。
その中には王妃である元敬王后閔氏の弟4人を1407・1415年に賜死させ
るなど閔氏との間の確執を呼びます。
王后との関係が悪化しているのがドラマの中でもわかりますよね!こういう訳があったからです。
明の永楽帝からの信頼は厚く、当時の朝鮮は明との関係が良好でした。
しかし世子である長男 譲寧大君が放蕩で酒女に溺れ失態を起すと、
ついに太宗は譲寧大君には次期王としての資質が無いと苦渋の思いで廃位
させ、三男である忠寧大君を世子に封し、自ら王位を退き「上王」と
なるが、依然として〝兵権”だけは握り続け王権の強化を図る。
しかしこれに不満を持った世宗(忠寧大君)妃の 父沈温(シム・オン)の
末弟沈泟(シム・ジョン)が「命令の出どころが二つ」とこぼしたのを聞いた
兵曹判書朴習(パク・スプ)が太宗に密告、沈泟は逮捕・拷問を受け、その
背後に沈温がいるのでは!との理由をつけ、上王(太宗)は沈温を明に使臣
として送った帰りに逮捕・賜死させる。
後に、 実はこれが事実無根であり、〝国王の外戚としての力”が増す
ことを恐れた上王(太宗)が朴習と画策し殺したと言う事実が判明する。
ドラマの中でも、世宗妃沈氏の父沈温の無念の死、そして母が奴婢にされるなど悲しい場面と 。。。
死を目前として、奴婢にされた外祖母の復位を願う世宗長女貞昭公主
の死に際しての場面は ≪必見≫です。 涙涙でご覧ください


ドラマでは、世宗の偉大な功績の数々が描かれるのは勿論

蒋英実(チャン・ヨンシル)を貧しい身分でありながら、その資質を高く評価し
存分に発揮させた世宗の偉大さを、ヨンシルの悲しい恋物語と言う創作を加えて
描いたり、世宗の長男(世子:後の文宗)の史実〝不肖の二人の世子嬪”の事等
とても細かく描かれている、まさに≪韓国史劇の逸品
≫Marcall 大好きな ≪おススメ史劇≫の一つです


7.30(木)スタート BSフジ(181) 毎週(月―金) 15:00~ドラマ「王と妃」 全186話 (1998-9/KBS) ・・・字幕

時代背景: 6代端宗→7代世祖・・・10代燕山君迄
上記ドラマ「大王世宗」に続く時代が描かれます。 大王世宗は長子である世子の
聡明で穏やかな気質をとても愛していました。でも次男である首陽大君の〝王材”と
しての資質も喜びつつも危惧していました。首陽には兄である世子を補佐すべく多くの
事を学ばせました。そして、不憫にも妃に恵まれない世子の唯一の息子(後の6代端宗)
の行く末に心を痛めておりました。世宗在位中数年にわたり代理政聴をしていた世子が
体があまり強くなかったからです。 世宗は父太宗が王位に就くまでの悲しい事件、
そして自身も三男でありながらの王位継承、数々の犠牲の元であったことに心を痛め
兄弟間の悲しい殺戮が二度とあってはいけないと「長子継承の令」を定め遺言しました。
しかし、世宗亡き後王位に就いた5代文宗はわずか二年強で世を去り 。。。
幼い端宗が即位すると 。。。 悲しい事件が勃発します
〝癸酉靖難(ケユジョンナン)”

これは ドラマ ≪王女の男≫で描かれた部分ですね


〝癸酉靖難(ケユジョンナン)”について等
ドラマ「王女の男」関連で沢山書きました。関心おありの方は どうぞご覧いただけると嬉しいです


幼い甥である端宗から王位剥奪と言う形で王位に就いた首陽大君(7代王世祖)は
〝酷い王”との悪名がついてしまいますが、兄である文宗が王位に就いたとき、
すでに亡くなっていた世子(後の端宗)の母(側室朴氏)は正室では無く、王妃不在で
文宗は王位に就きました。後に朴氏を王后として追尊したものの、庶子であるとの
理由も、首陽大君の〝大義名分”になったとの見方も有るようです。
世祖は在位中数々の功績を残しますが、幼い甥から王位を奪った罪悪感からは逃れ
る事は出来なかったのかも。 その報いか、長男である世子①は王位に就かぬまま
わずか20歳で世を去り、世祖が亡き後王位を継いだ二男(睿宗)も同じく20歳で早死。
(在位1年2か月) 共に短い生涯を閉じました。

ちょっと 
睿宗の死 。。。 〝腹上死”とかアジュンマMarcall

失礼しました~! 深くは調べないことにします (笑)
睿宗の息子が幼いと言う理由で、亡き兄①(懿敬世子)の次男乽山君を、亡き懿敬世子の
妃であった母が執念で王位に就け(9代成宗)即位させます。 王位に就いた成宗は、
1471年亡き父を〝徳宗追尊”、母を〝昭恵王后追尊″更に1475年〝仁粋大妃”と。
その後の成宗の継妃(廃妃尹氏)と「義母/嫁」の確執が
激化の末・・・成宗継妃尹氏を廃し賜死させたことが、後々「狂気の燕山君」へと繋がるのです。
長い長いドラマですが この ≪仁粋大妃と燕山君の確執まで≫は
↓のドラマ ≪インス大妃≫でご覧いただくと一層楽しめると思います。
8.14(金)スタート BS-TBS(161) 毎週(月―金) 7:00~ドラマ「仁粋(インス)大妃」 全60話 (2011-2/JTBC) ・・・字幕

時代背景: 7代世祖→(夫である懿敬世子の死)→義弟の即位(8代睿宗)
→そして、睿宗の後を継ぎ(幼い睿宗長男では無く)亡き夫
懿敬世子の次男乽山君を王位に(9代成宗)
女傑として名を馳せた「仁粋大妃(インステビ)」の生涯を
仁粋大妃を演じたら〝右に出る者はいない”と言われるチェ・シラssi
が、このドラマでも演じています。
長い長い ↑ドラマ「王と妃」を視聴しつつご覧いただけると良いと思います。
。。。 何だかとっても長くなってしまいました


最後までお読み頂いてありがとうございました。


文責はMarcallにあり、確かなものではありません。十分に調べてまとめているつもりですが、間違い等もあるかも。
お気づきの点がございましたらどうぞお知らせくださいませ。
皆様の楽しいご意見、コメントお待ちしておりま~~~す


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ご理解の上、転記転載はご遠慮くださいませ


。。。 ちょっと 疲れちゃいました
それでは おやすみなさ~い

