ムズムズ虫
今回は サラ~~ッと行きますね
頑張りま~~すぅそれでは ≪アジュンマMarcall 歴史探訪の旅
≫ 


。。。。。。。。。。。。。。
やっと繋がりました。。。
Marcall おススメ
史劇間もなく(衛星劇場)日本初放送
ドラマ 『秘密の扉~儀軌殺人事件』
貧しい身分の母から生まれ常にその負い目と、老論の後ろ盾で王位に就き
終始、先王であり異腹兄(粛宗と嬉嬪張氏の間の子)を毒殺したとの疑いに
生涯悩ませられたと言われる21代王英祖。
(ご存じの通り、英祖の生母淑嬪崔氏は同伊のモデルとなった
)そして、思悼世子は 父王英祖に 『米櫃』に入れられ亡くなってしまうと言う
何と言ってもこれこそ最大の悲劇
ではないでしょうか 

今まで描かれてきたこの「思悼世子の姿」は
狂乱の世子像 。。。 凄惨の死 でしたが、
このドラマでは ≪惜しまれた逸材≫として
≪民と共に、新しい世を築こうとした≫ 人間味あふれる〝國本"の姿として
描かれています。
もちろん、架空の事件を含め7割以上が「創作されたモノ」と言われますが
悲しい國本の ≪無念の死≫ 後に英祖は自らその想いを
墓誌にしたためています。
狂気の末、死を招いたとの描かれ方が多い中、党派争いの渦に飲み込まれた
追い込まれて狂気となってしまった≪悲運の世子≫との見方も強い。
。。。しかし、どのように深く調べてみても


どうして
「掛け替えのない我が子を どのような理由で
なぜあのように残酷な死を
」これは まったく理解できませんでした。
このドラマ「秘密の扉、儀軌殺人事件」 に関しては
まだまだ 衛星劇場放送に合わせて 熱く
書いちゃいそうですがドラマ「イサン」、「大王の道」を通して ムズムズ虫が


父≪思悼世子の米びつ死事件≫に関して


調べまとめました。
テーマ 「思悼世子米びつ死の真相に迫る」 (お暇なとき是非一読を)その中で 是非こちらをお読みいただければ

(追い詰められて
・・・悲しい世子の姿が浮かんでくると思います)コチラを
その3.「文女と言われた女」
(この中に悲しい思悼世子の〝成長環境”を

)コチラを
その4.「思悼世子の生涯」
(悲しい生涯、後にここに繋がる

)朝鮮戦争等により、ほとんどの「御眞(オジン=王の肖像画)」が焼失
された中、 21代王英祖に関しては何と二枚が現存。
(画像出元:위키백과 より)
(故宮博物館所蔵)1744年 (英祖51歳)
1714年1月1日作成 (王子時代:延礽君21歳)
残念ながら 「思悼世子」 。。。
そして生前多く残されたと言われる「正祖」の御眞もすべて
現存せず今残されているものは、後に想像して描かれたモノだそうです。
想像による二人の姿は ↓
≪思悼世子像≫
そして 。。。 ≪正祖イサン像≫
いかがですか~~~、 皆様の想像したイサン達の姿と


。。。。。。。。。。。。。。。。。
映画「逆鱗」 (邦題:王の涙)
ちょっと ・・・ ヒョンビンとは (笑) 重なりませんが


名作
史劇 「正祖李祘(イサン)」
ドラマ「イサン」の 。。。 イソジンssi はじめ、この方々
とっても 似ているように思えるのは 私だけ~


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「亡くなったら父の傍に」と望んだと言う正祖、亡くなった後 父のすぐ下方へ
埋葬されたそうですが、後に (同じ敷地ではありますが)現在の「健陵(コンヌン)」
へ移葬されたそうです。
正祖イサンの生涯は
テーマ「22代正祖(李祘イサン)関連 
正祖・思悼世子の陵は コチラを
「隆健陵」を訪ねて
(京畿道旅行記)今回も ≪アジュンマMarcall 歴史探訪の旅
≫

お付き合いありがとうございました
