29日(火)に終わってしまったこの ドラマ「奇皇后」
。。。
まだまだその余韻から抜けられそうも無く いくつも書いてしまいそうです。
最終話最後のシーンは 空も海も真っ青なとても綺麗な![]()
≪回想シーン≫が流れました
馬に乗る二人の≪王世子と皇太弟
≫に
「早く私の馬に乗れ」 「いや、私の馬に」
そう迫られ 。。。 戸惑うスンニャンの姿で終わりました。
衛星劇場放送の日本語字幕では『皇太子』と出ているかと思うのですが、
原語では![]()
「황태제(ホヮンテジェ:皇太弟」と言っています。
「皇太弟」と言うのは・・・皇位を受け継ぐ皇帝の(息子ではなく)弟
当時の元は政略により、タファンの7歳の幼い異母弟を名ばかりの皇位
に就けて、兄であるタファンを高麗の「大青島(대청도:テッチョンド)へ
流配させていました。
現皇帝の兄ではありますが同様に황태제(ホヮンテジェ:皇太弟)と呼ば
れます。
前置きが すご~~く長くなってしまいましたが (ミアネヨ 。。。![]()
)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
この続きが気になりませんか~~
(ドラマ視聴された方は、4話のこの場面です
)
まだ視聴されていない方、ちょっとネタバレしますがごめんなさい ![]()
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まだスンニャンが男装の頃
≪高麗の王世子であったワンユ≫と≪元国の皇太弟であったタファン≫との
ちょっと不思議な 微笑ましい〝嫉妬” の場面です。 ![]()
スンニャンはワンユの命令で、高麗の地(大青島)に流配されている皇太弟の護衛を。
その皇太弟、何ともハチャメチャで、無理な事ばかり言いだす。 いらいらするから
馬に乗りたい、用意しろ
・・・仕方なく、二人で馬に乗り海に![]()
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楽しい時間を過ごします。 タダのイタズラ皇太弟だと思っていたのに・・・
ここでこうして馬鹿を装って生きていなければ、いつ殺されるかも。。。
大都へ戻れるはずもなく、たとえ戻ったとしても殺されるに違いない。
「父上、何故そんなに早く逝ってしまわれたのか
会いたいです、死にたくないです。」
そんなタファンに自分も「首にかけた指輪」(父娘の証の品)を握りしめるスンニャン
「もしも私が生きて皇帝になれたら、決してお前を忘れはしない。」
「私など忘れていただいてもかまいません、不憫につれて行かれた
高麗の民達の事を 。。。」 と言うスンニャン。
その頃、 このタファンの流刑地である大青島の役所を訪れたワンユは
二人がどこかへ出かけてしまった事を聞き 。。。急いで探しに![]()
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遂に 。。。 海辺にいる二人の姿を ![]()
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「スンニャンは悪くない。私が行こうと言ったのだ・・・腹が減ったな
」
何で馬が一頭しかないんだ。 一頭は逃げてしまいました。
「私の後ろに乗れ」 とワンユ 。。。 「いや、私の後ろに」 とタファン
迷った末に 。。。。。。
スンニャンは ![]()
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「不便でしょう、ゆっくりお行き下さい 殿下」 (なんと![]()
)
こんな表情を浮かべながらも 。。。 タファンの後ろに乗って
何だか ・・・ このドラマの 行く末を≪暗示するような
≫ この場面でした。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
これが ドラマ「奇皇后」
の最後の場面に ≪回想シーン≫として
結局 奇皇后は≪帝≫と共に生きた
という史実につなげているのだと![]()
ドラマの最後にこんな文章が流れました
≪本ドラマは、奇皇后の生涯をドラマ的に再構成いたしました≫
≪1368年、奇皇后は 朱元璋(ジュ・ウォンジャン)に大都を征服され
北方 草原地帯に退き〝北元″を建国した。
奇皇后の息子アユシリダラは 北元の皇帝になった。 ≫
주원장(朱元璋:ジュ・ウォンジャン)とは ・・・
紅巾軍に参加、北伐し元の都:大都を滅ぼし、
やがて明を建国、始祖となる人物。
ドラマ 「奇皇后」
~ 끝(完) ~















