ドラマ「馬医」も いよいよ 残り10話となりました。
白光炫(ぺク・グァンヒョン)の残した〝功績″の中に
≪世子の頬の腫物治療≫ は実際にあったのでしょうか~![]()
結論から言ってしまうと 。。。 実際に 有りました。
でも、 どうも違うのです。 幼き日の≪粛宗≫ではなさそうなのです。![]()
記録に残っている ≪白光炫が治療した、世子の頬の腫物≫は
粛宗の世子(後の景宗) 。。。 つまり、あの≪禧嬪張氏(チャンヒビン)≫の産んだ![]()
このドラマ「馬医」の中での〝世子”ではなく、実際には≪その息子≫のようです。
(こうした素晴らしい史実の数々、長い年月に起こったことを一時代に表現して
私たちに教えてくれる これが、イビョンフンワールド![]()
![]()
の醍醐味![]()
歴史
好きにはたまらない~
、史実追求![]()
を駆り立ててくれますね
)
『6歳になった世子(後の景宗)の左頬から顎にかけて腫物が出来、
直ちに御醫が呼ばれ、治療をした。幸い世子の腫物は治り、王(粛宗)
は大層歓び、白光炫の品階を従一品にするとともに、父・祖父に対しても品階を
与えた 』
王であっても親に変わりなし、大切な大切なわが子を救ってくれた功績に、
並々ならぬ≪感謝の想い≫を感じたことでしょう ![]()
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
ドラマの様に、粛宗の父である「18代顕宗」の頃より、御醫として活躍した記録が有る
この 白光炫(ペク・グァンヒョン)です。 この粛宗の世子を治療した頃、はたして何歳
くらいだったのでしょう 。。。 そんな≪疑問![]()
≫が湧いてきませんか~![]()
探ってみました ![]()
![]()
実際の「白光炫」の 生~没
ドラマとは ちょっと違った「白光炫像」が見えてきました。
「馬医」関連:次回から 。。。 ドラマの内容も検証(笑)しながら
孝宗・・・顕宗・・・粛宗 三代の時代の間に生きた実在人物白光炫![]()
少しずつ見えてきた≪白光炫像≫も書いて行こうと思います。![]()
![]()
![]()

チョ・スンウ(白光炫) ほんと ス・テ・キ~~![]()
( Hpの画像 お借りしました。)
