ドラマ「近肖古王」 その3  ~七支刀~ | Marcallのイケイケ韓国ブログ

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子供の受験勉強と一緒に韓国語を勉強し始め、娘息子は父母に。私もハルモニ~♡
 根底に流れる〝史実”を知って、 もっと楽しく『韓国史劇』を観ませんか?
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     ドラマ「近肖古王」 


   最初に出てくるこの刀は・・・・・・・     「七支刀」



 


    「高句麗」と言うと・・・・  「三足烏」


    「新羅」と言えば・・・・・  「花郎」


    「百済」と言えば・・・・・この、「七支刀」なのです。



   これは、372年に「百済」が七子鏡と共に「倭」に贈ったとされています


     まさに、「近肖古王」の頃、「倭」に贈られたもので


          奈良県天理市の石上神社に所蔵されているそうです。




   刻まれている文字は、




   (表面)


 四年五月十六日丙午正陽造百練七支刀出辟百兵宜供供侯王永年大吉祥



   (裏面)
 

  先世以来未有此刀百済王世奇生聖音故為倭王旨造傳示後世





                         ・・・・ となっています。


 

  表面にある、「四年」はいつか?



       諸説ありますが 東晋の太和四年(369年)ではないかとされています。



  刻まれた文字を読み解かれた結果、

  これには、 


       東晋~百済~倭のラインで高句麗に対抗する外交戦略の意図


                            。。。。。が読み取れるわけです。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


  ドラマは、ますますおもしろくなってきます。目音譜





 西暦22年 「高句麗3代王 大武神王」によって滅ぼされた「東扶余」の遺民は、



 靺鞨や三韓になり、また一部は「五胡十六国」に分裂した中国に行き、



 勢力をつけ『東扶余』再建を目指していた。



 その中に、 『タンボム会』 が有り、 その会主が 「ウィビラン」であり、



 自ら、  『東扶余 麻余王の子孫』 を名乗っていた。



 この  「ウィビラン」と手を結び、「百済オラハの座」を取り戻し、パンチ!



 父の想いを叶えるため、「高句麗」に挑んでいく。メラメラ





 登場人物 (タンボム会)


          東扶余 麻余王 の子孫 


  
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 ( ウィ・ビラン              (ウィ・ホン

  東扶余「麻余王の子孫」       ビランの妹

 失われた東扶余再建を目指す     王族であったが、

 「タンボム会 会主」 )         兄の愛を受け育つ。)



 ウィ・ホンナンは・・・・ ハングルで書くと 「위홍란 」 となりますが、


    韓国語では、「ウィ・ホンラン」ではなく「ウィ・ホンナン」と発音します。



    

 



  アジカイ ・・・・・  「タンボム会の策士」