『オッペンハイマー』から3年ぶりのクリストファー・ノーラン監督作品は、もちろん超大作の全編IMAX撮影なので、IMAXで鑑賞。

 

土曜日の夕方ということもあり、木曜日の時点でほぼ埋まっていたが、一番後ろの席が取れた。

 

IMAXはヒキで観るのが良い。

 

ホメロスの叙事詩をベースにしているので、現実世界の人間同士の権謀術数の話から、巨人や魔女まで出てくるファンタジーまで行ったり来たり。

 

それをマット・デイモン演じるオデュッセイアとトム・ホランド演じる息子テレマコスそれぞれの視点で、ノーラン監督得意の異なった時間軸で描く。

 

しかし、TENETやメメントのような複雑な構成ではないのでわかりやすい。
 

古代ギリシアの話なのに、黒人や黄色人種も出てくるのは現代的なバランスもあるが、巨人族や海の怪物・セイレーンが出てきて、みんなが英語を話すファンタジーだと思えば問題なし。

 

何より、女神・アテナのゼンデイヤはぴったりだ。

 

その中で、オデュッセイアと数年過ごしたシャーリーズ・セロン演じるカリュプソは人なのか、魔女なのか、神なのか…。
 

ゼンデイヤとホランドは『スパイダーマン』で。

 

ゼンデイヤとロバート・パティンソンは『ドラマなふたり』で観たばかりだが、それぞれではまっているのは俳優としての力だが、特にパティンソンは、ダメダメな男を演じたらはまるのがよくわかった。
 

ゼウスの神のしきたりに従いモラルを保とうとしつつ、戦地で蛮行を行ってしまう兵士。

 

戦地で戦う兵士を忘れ、饗宴に浸る人々。

 

まさに今の世界で起きていることへのメッセージにも感じた。
 

何より、全編IMAX撮影の魅力を活かすその世界観に圧倒される。

 

ノーラン監督の頭の中はどうなっているのだろう。

 

シナリオの時点で完成しているのか、それとも撮りながら変わることもあるのか?

 

映画館で観るべき作品。

 

陰謀論に結び付く科学否定論、反ワクチンや地球平面論者に対して、どう向き合うべきかを知れる本だと思って手にとったが、もっと深い学びがあった。

 

まず、批判と否定の違いをどれくらいの人が理解できているかということ。

 

<通説に反論することは、科学の通常の営みの一部である。通説を単に信奉するのではなく、それを「批判」することで、科学という活動は進んでいく。(略)そう考えると、通説に反論する科学否定論は何も問題ないどころか、むしろ、奨励されるべきものに見える。(略)にもかかわらず、科学否定論が問題視されるのは、それが「批判」ではなく「否定」になっているからである。>とし、科学は理論や方法という手続きや、学術論文によるコミュニケーションを行うのに対し、<問題は、科学否定論とされるものが、基本的に学術雑誌や学術出版の外側で、科学の理論・方法を経由せずに展開されること>と指摘する。

 

たしかに、それっぽい肩書でそれっぽい名前の出版社から出した本をベースに専門家ぶった人間が、本来の手続きを得ずにトンデモ理論をネットなどで拡散している。

 

多くの人が、批判と否定の違いを理解していないから、トンデモ理論にのめりこんでいくのだろう。

 

さらに、<この問題は、近代社会のジレンマを指し示している。近代社会を特徴づける思想の一つは民主主義だが、それは「多様な意見を戦わせるべきだ」という考え方を背後に持っている。(略)ところが、この種の発想は科学の位置づけと相性が悪い。(略)通説が、単なる「意見」の一つに見えてしまう。だからこそ、異端説が魅力的なオプションに見える>とし、現代社会は科学否定論や陰謀論に惹かれる素地があることがわかる。

 

そして、著者の松村氏は本書をこう締める。

 

<私たちはいま、科学的知識に高度に依存する社会を生きている。にもかかわらず、専門家を手放しでは信じられない。科学否定論の存在は、そのジレンマを象徴的に指し示している。そう考えると、科学否定論を異常なものとして「悪魔化」すべきではない。それはむしろ、現代社会が直面する難問への正常な反応の一つなのである。>

 

 

 

 

 

結婚を控えたラブラブなカップルが結婚式直前に暴露された秘密をきっかけに崩壊していく姿を描いた恋愛ドラマ、と説明されているが、完全にコメディ映画だ。

 

ゼンデイヤ演ずるエマは、右耳が聞こえない。

 

ファーストカットはその右耳のアップからで、カフェでエマに一目ぼれしたロバート・パティンソン演じるチャーリーが声をかける。

 

そこからまさに“ドラマなふたり”な関係が深まっていく様子が、結婚式でのスピーチの原稿をまとめるそれぞれの言葉で描かれる。

 

しかし、結婚式の料理を決めるために酒を飲みながらブライドメイドのレイチェルとマイクと話しているうちに、ひょんなことから過去に犯した最悪の秘密をそれぞれが暴露。

 

最後に告白したエマのエピソードに、ドン引きどころか怒りさえ抱くという流れに。

 

日本人だと非現実的すぎて、大した問題には感じないが、米国では切実な話なのかも。

 

そこからの流れは、完全にコメディ。

 

狼狽して右往左往するチャーリーの姿は滑稽で、なぜか結婚式直前に浮気までしてしまう。

 

妄想と現実がカットバックする編集がおしゃれで効果的。

 

そして、めちゃくちゃになった結婚式でボロボロになるチャーリーの姿に苦笑。

 

それでも、ラストシーンはハッピーエンドかな。

 

チャップリンの言う「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショット(引き)で見れば喜劇(コメディー)だ」を実践した映画で、楽しめた。