NewsPicksのWEEKLY OCHIAI でも定期的に行われる落合陽一氏と先崎彰容氏の対談。
その話の展開が予想もしない広がりや、つながりを生み、読んでいる自分まで賢くなった気になる。
気になる部分が多くて、本が付箋だらけになった。
前半は先崎氏の保守主義者としての意見に首肯する。
<私が「純粋主義」と定義したうえで反知性主義の問題点だと考えるのは、次のような理由があるからです。それは異様なまでの昨今の「自己啓発本」ブームと自然食礼賛、そして「霊性」などの言葉に代表される、スピリチュアル・ブームの源泉だからです。私たちは今、異常なくらい、自分の身体に対しての興味を持っているでしょう。体内から異物を排除したいという傾向は、広がりを見せている。身体内部から異物・不純を排除したいという精神傾向—純粋主義!!—は、実は、アメリカの反知性主義に震源があるのです。>
この指摘を読んで、『保守』と言われる新興政党と、その支持者たちを思い出した。
つまり、そんな純粋主義は、本来の保守主義からすれば危険な思想なのだ。
後半は落合氏の視点で語られるAIやデジタルの未来に、はっとさせられる。
<僕は最初、AIが作るものは「コンビニのおにぎり」みたいなものだと思っていたんですね。人間の手で握られたものより清潔感があるだろうと。せいぜいその程度の差かと思っていたら、観察を続けているうちに、日本酒で言うところの純米大吟醸っぽくなってきたなと感じるようになって。単に清潔なだけじゃなくて、AIだからこその磨き上げられた良さというものがある。>
そんな二人の対論を、自分なりに解釈すると、AI時代に人間は純粋なものより、雑味やグラデーションの部分にこそ、意味が生まれてくるのだなと考えた。

