人材育成に関わって1年半、色んな研修に参加したり、講師をしたりと、これまでの人生にないくらいの数の人に会うようになりました。
私は記憶力が悪いので、その場で会っただけでは顔も名前も、印象ですら忘れてしまいます。

これは、何とかしないといけないなぁと思い、この人は、と思った人は何度も名前をリピートして覚えるようにしています。

その中で、何人かは覚えようとしなくても覚えてしまう人もいます。

ここ数週間、揺るぎない自信を持つ人に何人か会いました。

残念ながら、その自信はポジティブな雰囲気を出しておらず、不満や怒りが噴き出しています。

私はやれることを全てやっている、という自己肯定
他人や環境が悪い、という被害者意識
自分が怒るのは人のため、という自己正当化
自分とは関係ない場所のことに口を出す、という偽善


こういう人の近くにいると、グッタリと疲れてしまいます。

昔から、ポジティブでもネガティブでも、過剰な人の感情に触れると疲れてしまう傾向はあるのですが、これは何なんだろう?と思っていたら、エナジーバンパイヤという言葉を知りました。

相手のエネルギーを吸い取ってしまう吸血鬼という意味だそうです。


これまでは、自分から遠ざけたり、視界に入らなかったり、「そんなに文句言うなら辞めれば?」とか「そんなどうしようもないことが気になるなんて暇だね」と一蹴してたので(冷たいなぁ…(^^;;)影響を受けることはほとんどなかったように思います。

今は講師という立場から聴く姿勢を持って関わるので、本人は「色々話せてスッキリしました」とか「少しポジティブになりました」と満足してくれるのですが、こちらは数日間は引きずります。

これ、どうしたらいいのでしょう??
今度コーチに聞いてみよっと(>_<)  
チームワークの強さと、個々の強みを発揮するチーム。
軍隊式の日系証券会社と、徹底的な成果主義の外資系投資銀行で感じる大きな違いの一つは、チームの作り方にあると思っています。

よく勘違いされるのですが、成果主義の職場にチームワークがないなんてことはありません。

成果を明確に意識して働いたことがある人なら誰でも分かると思いますが、1人でできる仕事なんてたかが知れてるのです。チームとして動くことで成果を最大化するためには、自分で抱え込むことはリスクになるので人に任せるし、自分の知識と経験で判断することもリスクなので、違った経験を持つ人なら年下だろうが新人だろうが意見を聞きます。

そこには信頼関係も生まれるし、成果を最大化するためにそれぞれが力を出します。

ただ、そこには「成果に貢献できない人」は入ることは出来ません。外されることも、解雇されることもあります。

ここが成果主義が冷たく思われる原因の一つだと思いますが、「冷たい」という感情はあまりなく、「これ以上ここにいても、あなたは能力を発揮できない。時間を無駄にせずに、あなたの能力を発揮できるところへ行った方が良い」という感覚です。

そうは言ってもダメ出しをするには「かわいそう」という感情を滅する必要はありますが、能力を発揮できる場を作るのは会社と上司の責任であり、本人もキャリアを自分で作る意識が高く、転職市場もあるからこそ、このチームに合わなかったからと言って大した問題ではない、ここまま居続ける方が双方にとって悲劇を生むと納得出来るのかもしれません。

逆に、自分の能力を発揮する機会を与えてくれない上司や会社に見切りをつけることもあります。

そうは言っても、ダメだからと言ってすぐに追い出す上司は人材を見る目がない、または育成する能力がないと判断されますし、次々に転職を繰り返す人も信用をなくすので、お互いやったことはやったと思えるまでやります。

結果として、成果を最大化出来るメンバーがそれぞれを信頼し合い、知識と能力を活かせるチームが出来上がります。


一方、軍隊式の日系企業のチーム作りは、まず全員が仲間であると意識することから始まります。

一人ひとりが年令や入社年次を知ることで、まずは年による順序が生まれます。

さらに、その人の職位、これまでの異動の経歴、「◯◯にお世話になった」「□□を世話した」というネットワークから優劣が生まれます。

これらの情報はその人の地位や能力をある程度測れる共通の指標になっているので、ここまで知ると指揮系統が出来上がり、安心してその場の空気にあった会話が出来るようになります。

まずはこの時点で外部から入って来た人は置いて行かれてますが、ここから「この人は仲間か?」という判断に入ります。

最初の判断基準は、自分たちと同じように行動できるか。つまり、服装や話し方が同じかどうか。同じノリで会話に参加してるか。どこかに共通の経験や価値観ははあるか。

ここを判断されるまで、色んな質問をされ、観察されます。同じであると認められると、では、ここから一緒に仕事をしていきましょう、と晴れて仲間入り。

一旦仲間になれば、よっぽど和を乱す行動をしなければ、多少仕事が遅くても目上の人が指導してくれるし、同僚が手伝ってくれます。協力し合ってチームの目標を達成することが、全員の目標だからです。

最初は仕事が出来なかった人も、皆んなに助けられて、支えられて、このチームの一員であることを誇りに思い、チームに貢献するために頑張ろうと力を出し、成長して行きます。

信頼度が上がって来ると、個々の能力や個性が出てきます。和を乱さない限りここまでは出しても大丈夫、という制限はそれぞれが持っているので、成果主義のチームで見られる「個性」とはレベル感が違います。

信頼し合えるチームの一員として認められること、そのチームに貢献していると感じること、そのチームが高く評価されることがチーム全員の目標であり、それによって成果が最大化します。

ただし、このチームには「仲間でない」と判断された人は入れません。クビになることも会社を辞めることもないので、異動で外されるか、自分から異動を希望するしかありません。外された人は「仲間ではない」という烙印が押され、その後、「仲間になれない人」の実例として語り継がれます(最初は、興味もない何年も前にいた人のことを聞かされるのか訳が分かりませんでしたが)。 




どちらが本質的に強いチームなのか、正直よく分かりません。

同じように行動することが求められるチームと、成果目標やビジョンが合っていればその他の違いはどうでも良くて、成果に貢献する能力を見られるチームは、違いはどうでも良いけど能力を見られるチームの方が私は居心地が良いです。でもそれは、私がマジョリティの人間ではないからかも知れません。

能力がなくても引っ張ってもらえるけど、同じように行動出来ないと「仲間でない」と人格否定されるのと、「ここではあなたの能力を発揮できない」と判断されるのと、どちらが冷たいのかもよく分かりません。

両極端な職場を経験できる立場にいるからこそまだまだ悩みたく、うまく2つのチーム文化を融合出来ないものかと模索したいと思います。
マネージャーになったばかり、部下を持ったばかりの社員を対象に研修をしていると、部下に対して悩んでいることとしてよく聞くのは、

・ なぜ出来ないのか分からない
・ 何が分からないのか分からない
・ 何を考えているのか分からない
・ 指導と叱るの境界線
・ 自分の仕事が忙しいので時間がない
・ 仕事を任せられない

などなどが出てきます。

この中で「時間がない」はマネージャーとしてもっとも致命的。他の問題よりも優先順位を高くして取り組むべきだと考えています。


部下のことが「分からない」と「時間がない」は割と比例していて、コミュニケーションの時間を十分に取れていないケースが多いようです。

これまでプレーヤーとして積み重ねてきた成功体験を当てはめて物事を判断する傾向があるので、自分とは異なる考え、スキル、能力、価値観を持った部下のことが分からない。

「普通はこうする」
「こんなの出来て当たり前」
「そんなことするなんてあり得ない」

まずは、「普通」「当たり前」「あり得ない」はこれまでの経験と知識から出来上がった単なる「自分の常識」であって、必ずしも「相手の常識」ではないことに気づき、初めて部下に視点を向けることがマネージャーとしての第一歩。

「普通」「当たり前」「あり得ない」

この3つの言葉を使いそうになったら、ぐっとこらえ、今、言おうとしていることが「自分の常識」だけに当てはめていないかを考えるようにしています。

では、その「相手の常識」と「自分の常識」の合わない部分の中で、その部下にとって

・ スキルが足りないのか、
・ 能力が足りないのか、
・ 考え方や価値観が違うのか、

この振り分けが出来ているかを自問することが次のステップ。

この振り分けをするには、常に部下としっかりコミュニケーションしていないと分からないはずですが、コミュニケーションを取っていないマネージャーは話してみるとすぐに分かります。

「スキルが足らないんだと思います」
「能力が足らないんだと思います」
「価値観が違うんだと思います」

「思います」ということは、自分がそう思うだけではありませんか? 

部下と時間をかけて話して、自分の中で確信出来ていたら「思います」は出ませんよね?

と問うと、そうだったと気づくものの、「部下と話す時間がない」という答えが返ってくることが多い。

でも、

部下と話す時間がない →部下のことが分からない → なぜ指示したことが出来ないのか分からない → 部下に仕事を任せられない → 自分でやってしまう → 部下と話す時間がもっとなくなる…

というネガティブスパイラルに入っていることを知ると、「部下と話す時間を取る」ということがマネージャーの重要な仕事だと認識できます。

部下と話す時間を持つ → 部下のことが分かってくる → スキル、能力、価値観の違いによって適切な指導をする → 部下は仕事が出来るようになる → 自分がやっている仕事も任せてみる → 部下の仕事の幅が広がる → もっと任せてみる →空いた時間で新しいことにチャレンジする

というポジティブスパイラルに変わります。

…… と言うと簡単ですが、マネジメントを長く経験している人なら、これで解決出来るなら状況は悪くない、「それでも本当に時間がないんです」という状況に陥っているケースが少なくありません。

特に中間管理職は、さらに部下とコミュニケーションを取ることに慣れてない世代の上司からどんどん仕事が降ってきて、やっと出来たと思ったら次の目標値はアップしている。

しかも、スキルが足りない部下なら反復練習させとけばいいですが、能力が足りない部下を持ってしまうと、その人の能力に合ったきめ細かい指導と確認に時間が取られる。

これまでの知識と経験で何とかなる仕事であれば残業して時間をかければ乗り切れますが、マーケットや顧客のニーズが多様化している状況では、マネージャー自身も新しいことを勉強しないと太刀打ち出来ない。こんな状況で自分の勉強に時間を割くなんて…無理でしょう!?

これがミドルマネージャーの置かれている状況かも。

ここしばらく、私もこの状況に陥ってましたが、とりあえず「ここまでは何も考えずにやり込んで成果を出す」という状況から、「何とか時間を捻出する」という状況になり、部下の状況把握の段階に進めそうです。

本来、ここで威力を発揮するのは、普通でも当たり前でもなく、時にあり得ないことをするけど、スキルと能力は高く、異なる考え方と価値観を持つ部下です。

この部下は、マネージャーとは違った知識や経験から自らの考えと価値観を作り上げているので、マネージャーが太刀打ちできない新たな挑戦に異なる視点を加えます。

成功するかしないかはケースバイケースですが、1人のマネージャーがこれまでの考えや価値観でないものを得る時間を考えると効率的。

これが企業が多様な人材を持つ本来の価値で、ダイバーシティ推進を経営戦略に取り入れる目的になります。

ここで間違ってはいけないのは、スキルも能力も低く、考え方と価値観が違う人材は対象にしていないということです。

スキルと能力の幅が必要なのであって、高い低いは意味としてはダイバーシティではありますが、企業のダイバーシティ戦略には入っていません。

ダイバーシティ研修をしていると、ここを大きく誤解していることが多く、

それは女性だからではなく、スキルが足りないからでは?

それは外国人だからではなく、能力が足りないのでは?

組織が必要としているスキルや能力が足りなければ、そのままにするのではなく、しっかりと理解してもらい、指導をしないとね。

以上、ダイバーシティ研修の流れでした。
やっていると、リーダーシップ研修にとっても似ている。

多様な人材をきちんと活用出来る人は、リーダーとしても優秀であるということですね。