僕がその味、その美味しさを知ったのは、小学生の時。

美味しさを教えてくれた人がいて、それは母でもなく、祖母でもなかった。

小学生の頃のこと。徒歩で通学していました。

学校までの道のりを、隣の町内を抜けて、てくてくと。

道すがらの途中に、大きなお宅があり、前を通りかかるとおばあさん（僕の祖父母より若い感じでした）に声をかけられことがありました。

そのおばあちゃんには娘さんがいて、その娘さんというのは僕の父と同級生だった。

母とよくおばさんの家に顔を出した記憶もある。

母は全く違う土地から嫁いできたので街に知り合いはなかった事もあってか、おばあちゃんに親しくしてもらっていたようでした。

おばあさんを、いつのときからか“コバヤシのおばちゃん”と呼んでいた。

なので母と一緒に歩いていて、そのお宅の前をで声をかけられたり、お宅に寄ることがありました。

母も良くしてもらったし、僕も可愛がってもらいました。　

おばちゃんの娘さんには子どもがおらず、だから孫を見るように、見ていたのかもしれない。

おばちゃんの娘さんは勉強出来て、優秀だったらしかった。

逆におばちゃんは、僕に向かって「あなたのお父さんは本当に優秀だったのよ」そう、僕に事ある事に聞かせた。

僕の方は言うと、へぇ～とかふ〜んと答えていた。

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ある日の学校帰り。

おばちゃんのお宅の前を通ると、寄って行きになさい、と声をかけられた。

（おばあさんと言っても若く、60代後半ぐらいだったかもしれない）髪を後ろで結い、姿勢が良く、いつも若々しく見えた。

母は幼い頃に両親を亡くして居たから、母方の祖父母はいなかった。

だから、母方の祖母のイメージをおばちゃんに重ねていた。

招かれるまま、家に入ると、おばちゃんがコーヒーを入れてくれた。

それは砂糖とミルクが入ったインスタントコーヒーだった。

僕は自宅では、子供の僕はコーヒーを飲ませてもらえなくて、ココアばかりだったんです。

普段は父のコーヒーをスプーン一杯だけ、啜らせて貰うだけだった。

“やったー！自分のコーヒー”だ！

父や母を通して、僕は親しくさせてもらえたんだなっていう風に思っています。

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その後、母とお邪魔したときのこと。

母とおばちゃんがおしゃべりしている間に、僕は落書きをしたりして過ごすことがつねでした。

ふと、おばちゃんが言いました。

「食べてごらん」

にっこりと笑い、おばちゃんが眼の前に大きな鉢に盛られた料理を出してきた。

それは作りたての煮物だった。　

食べてみたんです。すると今まで食べたことがないような味だった。

家で食べていたものと違ったものは、ないように見えるのに、味は違っていた。

煮物と入ってるものは変わらないのに、なんで違うんだろう？と、ひと口食べてもわからない。

どうしてなんだろう…また一口食べる。

それでもわからなくても、次の一口食べる。

そんな感じで延々と食べ続けていました。

あまりにも僕の食べっぷりがいいので、

「持って帰りなさい」と用意してくれたくらいでした。母は半ば呆れた風に笑っていましたけど。

今を思い返すと、それはタチ入りの煮物だったんです。

つまり、おばちゃんさんの煮物には、白子が入っていた。

煮物自体は出汁が利いていて、甘めの味つけで本当に美味しかった。

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進学して実家を離れて、帰るごと、煮物を食べる機会があると、その度にあの時のおばちゃんの煮物が美味しかった、美味しかったとって母に言っていた。

あまりに僕が言うので、すっかり“おばあさん”になっていた。おばちゃんに伝えたことがあるそうです。

よくしてもらった思い出であり、可愛がってもらったなと思い返す。

美味しいものご馳走してもらったというだけのことではなくて。

もっと、大きなもの。

おばちゃんには一緒に暮らす娘さんと、離れて暮らす娘さんがいた。

息子さんはおらず、お孫さんの存在もなかった。

それでも、息子を育てるように、孫に愛情を注ぐように、接してくれたように思っている。

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どれくらい気に入っていたかは、これを見てくれたら、伝わるだろう。

あの時の味、あの時してもらったことは、これからも忘れることはないと思う。

『煮物』(❛ᴗ❛