小説「15年目の終着駅」
作:安藤珍平
第11章 [鹿児島②]
ふと目を覚ますと佐冶勝夫は東名高速の日本平サービスエリアにいた。
なぜ静岡にいるのか全く見当がつかない。
頭が割れる様に痛い。
所持品を確認したが、東京から持ってきた物は全部しっかりとバッグに入っている。
ただ、手には全く身に憶えのないモノを幾つか持っている。
「東京」と大きく書かれたA3サイズの紙。裏返すと「薩摩藩パブ 西郷どーん」と印刷されていた。店のチラシかなんかだろう。
それから、木刀。ケースから取り出すと、どうやら新品の様だ。おみやげ処と書かれたシールが貼られている。
昨夜の事を思い出したかったが、頭がガンガン痛むので諦めた。
インターの売店で太田胃酸と琉球ウコン伝説を買い、胃に流しこんだ。
何か情報を得ようと携帯電話を取り出したが、真っ二つに折れていたのでゴミ箱に捨てた。
煙草に火をつけた。
昨夜の事が全く思い出せない。
小一時間程、呆然としていた。
遠くを眺めていると、ふと、駐車場によく知っているトラックが入ってきた。佐冶の勤務する物流会社のトラックだ。
トラックに近づき運転席を覗きこんだ。期待は外れ、知らない顔のドライバーだった。
窓をノックして、声をかけた。
「よぅ。俺は営業課の佐冶ってもんだ。おまえさん、これから東京だろ?
ちょっくら本社まで乗っけてってくれねぇか?」
ドライバーは訝しがり、佐冶に社員証と免許証の提示を要求したが、確認が取れるとすぐに乗せてくれた。
助手席で昨夜の事を思い起こしていた。
しばらく車内は沈黙していたが、ドライバーは次第にモゾモゾしだし自分の事をあれこれ話し始めた。
彼は22才。新潟の水産会社を担当している。瞬間冷凍された海老を全国の大手スーパーやら小売店に運んでいるそうだ。その水産会社で奇妙な光景を見るらしい。
佐冶は本社勤務だったが、本社の正社員連中とはソリが合わず、ドライバー連中と仲良く付き合っていたので、彼の話もそれ程イヤでは無かった。
彼は水産会社で荷積みを終えると、いつも決まって養殖場の前の道にトラックを停め、仮眠するそうだ。その時に、夜の暗闇の中で社員らしき女性が何やら怪しげな物を養殖場に投げ入れる姿を何度も目撃したらしい。しかもその女性は養殖場で一人でよく泣いているそうだ。たぶん養殖場に毒か何かを投げ入れていて、その罪悪感で泣いているに違いない。と、彼は自分の見解をひたすら話し続けていた。
佐冶は助手席で適当に相槌をうちながら話を聞き流していた。考え事に集中したかったので黙って欲しかったが、世話になってる手前もあり我慢した。
ドライバーは自分の話が一通り終わると今度はあれこれ質問してきた。
「あの、?聞いていいすか?日本平のサービスエリアで何やってたんすか?」
佐冶は窓の外を見ながら、そっけなく答えた。
「長崎からの帰りだよ。」
ドライバーは好奇心に満ちた目で矢継ぎ早に色々と聞いてくる。
「え!長崎?何しに行ってたんすか?てか、長崎から日本平まではどうやって来たんすか?あと、その木刀は何なんすか?」
「最近の若いのは、男も、女みてぇにおしゃべり好きな奴が多くて困ったもんだ。」心の中で呟いた。
あまりに何度も話しかけてくるので、しぶしぶ口を開いた。
「いいか?小僧。人にはな。決して触れちゃいけねぇ心の琴線ってのがあるんだよ。」
大きく息をはき、話を続けた。
「あれだな。俺が長崎に行ったのは、つまりはあれだ。幕末の志士 高杉晋作の言葉で言うとだな、おもしろきことも無き世を、おもしろきに。って事だ。」
ドライバーは
「ふ~ん。なんか良くわかんないけどカッコイイすね。」と言った。
その後は東京までおとなしく黙って運転していた。
深夜2時半を回った頃、トラックは本社前に到着した。佐冶はポケットをまさぐり、紙切れとペンを取り出した。そこに自分の名前と連絡先を殴り書きして手渡した。
「世話になったな。昼でも夜でも腹減ったら電話してこい。死ぬ程食わせてやる。」
ドライバーは言った。
「おれ、早坂宏昌っていいます!仲間からはハヤサカって呼ばれてます。佐冶さん、今度焼き肉食わせてください!よろしくっす!」
オフィスに入り、自分のデスクに腰を降ろした。時計に目をやると深夜3時を回ったところだった。オフィスは全面禁煙だが「6時間後の始業までには匂いも消えるだろ。」と呟き、煙草に火をつけた。デスクからウィスキーの瓶を取り出した。シングルモルトのラフロイグ。炭酸水で割りたかったが、「氷とソーダはさすがに無理か。贅沢は言ってられんな。」とあきらめた。ウィスキーを湯飲み茶碗に注ぎこむと、ストレートで胃に流し込んだ。
真っ二つに折れていた携帯電話をゴミ箱に捨てた事を後悔した。電話帳くらい取り出せたかもな。と思った。
机の中から昔の手帳を引っ張り出し、電話番号のメモ書きのページを広げた。
知りたい番号は全て手に入った。
まずは九州で世話になった藤田明夫だ。
会社の番号から掛けたが、藤田はすぐに出た。
「おぃ!勝男ちゃん!大丈夫だった?今どこ?無事着いたんやな?いや、良かったよ。心配でずっと電話待ってたんよ。」佐冶は全く記憶が無い事を伝え、何があったか教えて欲しいと頼んだ。すると、藤田は小声になり「実はな、勝男ちゃんと2日連チャンでキャバクラに行ったコト、嫁にバレてもうたんや!ほら?ニュースタイルなバーに行くって嘘ついてたやんか?でな、今、パンツ一丁でベランダで正座させられてんねん。今、嫁がすぐ近くにおるから話せへんねん。すまんな。又、明日かけるわ。」と言われた。
明日にでも藤田の嫁に謝りの電話を入れる事にした。全て佐冶が悪く、藤田を無理矢理誘った事を嫁に詫びなくてはならない。
他にも誰かに迷惑をかけてないか不安になり、憂鬱な気持ちになった。
ウィスキーを飲みほした。
次に親友のアキラに電話を掛けたが、やはり出なかった。アキラは2才の娘がいるので深夜は携帯の電源を切っている。
自分がどんな行動をしていたのか早急に知りたかった。手に持っていた「東京」と書かれた紙はともかくとして、木刀が気になっていた。自分の人間性を信じてはいたが、いつもと違い記憶が全く無いだけに動揺していた。
再び受話器を取り104に電話した。
「鹿児島の飲食店の西郷ドーンお願いします。」
電話番号のメモを取りながら、湯飲み茶碗にウィスキーをもう一杯注いだ。
すぐに店に電話した。
「もしもし。一昨日、昨夜とお世話になった佐冶と申します。」
電話に出たのは、聞き憶えのある男性の声だった。
「あ!佐冶さん!佐冶さんっすね?
03からの着信って事は東京着いたんすね!よかった~!」予想に反して明るい声だった。彼は「ちょっと待ってて下さい。」と言うと、大きな声で「おーい!みんなぁ!佐冶さん無事に東京ついたぞー!」と叫んでいる。
次々と色んな人が電話口に出た。皆、口々に「そんなに好きなら頑張って下さいね!」「優子さんとうまくいくと良いですね!」「同窓会、間に合ったんですか?」「あんた!まさに新撰組の鬼の副長や!」などと言われた。
訳がわからなかった。
何人かと話した後、最初に出たボーイに電話が戻ったので聞いてみた。「情けない事に、途中から全く記憶がないんだが、俺が何をしていたのか詳しく教えてくれないか?」
ボーイが言った。「はっはっはっ。佐冶さん聞いちゃいます?じゃ、昨夜の佐冶さんのモノマネしましょうか?いきますよ!
沖田ぁ!寺田屋が火事だぁ!わしは新撰組、鬼の副長 土方歳三じゃぁ!優子ちゃん!愛してる!東京に帰るぞ!今すぐじゃ!
こんな感じで、かなり酔っ払ってましたよ!だって焼酎4本の後、日本酒の一升瓶をラッパ飲みですもん。
いや~。佐冶さん最高でしたよ!他のお客さんも皆、大盛りあがりでした!」
ボーイが一部始終を話してくれた。
今すぐに東京に帰りたいと大暴れしだしたので店の皆がヒッチハイク用のプラカードを作ってくれたらしい。大勢で高速の入り口近くまで行き、東京方面へ向かうトラックに交渉してくれたそうだ。店にいた他の客も全員一緒だったので、早めにお店を閉めたそうだ。そして、安心出来るドライバーを選んでくれ、大手の引っ越し会社のトラックに乗せてくれたそうだ。海援隊の「ペダルをこいで」を歌い続け、優子ちゃんへの愛の言葉を叫び続けていたらしい。
一番気になっていた木刀もどうやら問題なさそうだ。この木刀は護身用に店に置いてあったものだったのだ。「優子殿、約束を果たせず、誠にかたじけない」と言いながら、何度も何度も木刀で切腹していたらしい。
そういえば、左の下腹部に痛みがある。シャツを捲ってみると、大きな青アザができていた。
店員が必死に木刀を取り上げようとしたが、号泣しながら意地でも手放さなかったらしく、最終的には「人に危害を与える恐れ無し」と判断し、持たせてくれたらしい。木刀ケースのポケットを見てみろと言われたので開けてみた。中から四つ折りの紙が出て来た。その紙切れには「誓約書。もしも佐冶がこの木刀で事件や事故をおこした場合、一切の責任は我々が負います。」と書いてあり、店の名前と30人近い個人名が書いてあった。
一通り話を聞いた後、キャバ嬢のユウコドンが電話口に出た。「佐冶さん。私、優子さんが羨ましいです。こんなにも人から愛されているなんて。私も、いい女になれる様に頑張ります。佐冶さん、私のお尻さわってる場合じゃないですよ。ちゃんと優子さんに気持ちを伝えたらどうですか?じゃ。佐冶さん、さようなら。鹿児島に来た時は是非またお店にいらして下さいね!」と言われた。
最後に店長と話した。
「お店の備品を壊したりしてないでしょうか?」
「大丈夫ですよ!グラス9個と窓ガラス1枚、それからソファーに穴が空いただけですから!よくある事です。気になさらないで下さいね!それより佐冶さん。携帯電話を真っ二つに折ってましたけど、そっちの方は大丈夫なんですか?」
丁重に礼を言い、電話を切った。
友人の藤田明夫はじめ、店の皆にもだいぶ迷惑をかけてしまった様だ。
明夫や店の皆が明るく話してくれた事に、少しだけ安堵した。
会社のデスクで2時間ほど寝て、9時の始業をむかえた。
はす向かいの席の女子社員がヒソヒソと「佐冶さん何かやばくない?」「頭ボサボサじゃん。まじウケる。」「どうせ酔っぱらって公園かなんかで寝てたんじゃない?」などと話しているのが聞こえてきたが、気にしなかった。
喫煙所に向かっていると、隣の席の後輩フジモンが小走りで近づいてきて、声をかけてきた。「佐冶さん、今夜どうすか?この前行った出会い喫茶にでも行きません?」
今日は気分が乗らないと断ったが、ひつこく勧誘してきた。「えーなんでっすか?行きましょうよ!いいじゃないすか?」
執拗に誘われているうちに、気が変わった。「わかった。行こう。ただし、出会い喫茶はダメだ。おまえ、もっと大人な店で酒を飲め。六本木のサルサバーに行くぞ。」と言い、後輩フジモンから携帯を借りサルサバーに電話をかけた。
「おう。俺だ。今夜、行くから宜しく頼む。」
六本木のサルサバーは佐冶が行く時はVIPルームをキープしてくれる事になっていた。午前中や昼に電話するといつもはナイジェリア人が出るのに今日は店長が出た。
「店長か?珍しいな。ナイジェ野郎はどうした?」と尋ねると、どうやら彼はどこかの企業のお偉いさんに気に入られ、昼の仕事をしているらしい。
この前の一件で仲良くなったナイジェリア人が店を辞めたと聞き、少し寂しい気持ちになった。
後輩フジモンは「佐冶さん!さすがっす!VIPルーム楽しみっす!」と喜んだ。
窓の外はどんより曇っていた。
優子は何故、佐冶にだけ帰郷を教えてくれなかったのだろうか?
胸が苦しかった。
今にも雨がふりだしそうな空模様になっていた。
作:安藤珍平
第11章 [鹿児島②]
ふと目を覚ますと佐冶勝夫は東名高速の日本平サービスエリアにいた。
なぜ静岡にいるのか全く見当がつかない。
頭が割れる様に痛い。
所持品を確認したが、東京から持ってきた物は全部しっかりとバッグに入っている。
ただ、手には全く身に憶えのないモノを幾つか持っている。
「東京」と大きく書かれたA3サイズの紙。裏返すと「薩摩藩パブ 西郷どーん」と印刷されていた。店のチラシかなんかだろう。
それから、木刀。ケースから取り出すと、どうやら新品の様だ。おみやげ処と書かれたシールが貼られている。
昨夜の事を思い出したかったが、頭がガンガン痛むので諦めた。
インターの売店で太田胃酸と琉球ウコン伝説を買い、胃に流しこんだ。
何か情報を得ようと携帯電話を取り出したが、真っ二つに折れていたのでゴミ箱に捨てた。
煙草に火をつけた。
昨夜の事が全く思い出せない。
小一時間程、呆然としていた。
遠くを眺めていると、ふと、駐車場によく知っているトラックが入ってきた。佐冶の勤務する物流会社のトラックだ。
トラックに近づき運転席を覗きこんだ。期待は外れ、知らない顔のドライバーだった。
窓をノックして、声をかけた。
「よぅ。俺は営業課の佐冶ってもんだ。おまえさん、これから東京だろ?
ちょっくら本社まで乗っけてってくれねぇか?」
ドライバーは訝しがり、佐冶に社員証と免許証の提示を要求したが、確認が取れるとすぐに乗せてくれた。
助手席で昨夜の事を思い起こしていた。
しばらく車内は沈黙していたが、ドライバーは次第にモゾモゾしだし自分の事をあれこれ話し始めた。
彼は22才。新潟の水産会社を担当している。瞬間冷凍された海老を全国の大手スーパーやら小売店に運んでいるそうだ。その水産会社で奇妙な光景を見るらしい。
佐冶は本社勤務だったが、本社の正社員連中とはソリが合わず、ドライバー連中と仲良く付き合っていたので、彼の話もそれ程イヤでは無かった。
彼は水産会社で荷積みを終えると、いつも決まって養殖場の前の道にトラックを停め、仮眠するそうだ。その時に、夜の暗闇の中で社員らしき女性が何やら怪しげな物を養殖場に投げ入れる姿を何度も目撃したらしい。しかもその女性は養殖場で一人でよく泣いているそうだ。たぶん養殖場に毒か何かを投げ入れていて、その罪悪感で泣いているに違いない。と、彼は自分の見解をひたすら話し続けていた。
佐冶は助手席で適当に相槌をうちながら話を聞き流していた。考え事に集中したかったので黙って欲しかったが、世話になってる手前もあり我慢した。
ドライバーは自分の話が一通り終わると今度はあれこれ質問してきた。
「あの、?聞いていいすか?日本平のサービスエリアで何やってたんすか?」
佐冶は窓の外を見ながら、そっけなく答えた。
「長崎からの帰りだよ。」
ドライバーは好奇心に満ちた目で矢継ぎ早に色々と聞いてくる。
「え!長崎?何しに行ってたんすか?てか、長崎から日本平まではどうやって来たんすか?あと、その木刀は何なんすか?」
「最近の若いのは、男も、女みてぇにおしゃべり好きな奴が多くて困ったもんだ。」心の中で呟いた。
あまりに何度も話しかけてくるので、しぶしぶ口を開いた。
「いいか?小僧。人にはな。決して触れちゃいけねぇ心の琴線ってのがあるんだよ。」
大きく息をはき、話を続けた。
「あれだな。俺が長崎に行ったのは、つまりはあれだ。幕末の志士 高杉晋作の言葉で言うとだな、おもしろきことも無き世を、おもしろきに。って事だ。」
ドライバーは
「ふ~ん。なんか良くわかんないけどカッコイイすね。」と言った。
その後は東京までおとなしく黙って運転していた。
深夜2時半を回った頃、トラックは本社前に到着した。佐冶はポケットをまさぐり、紙切れとペンを取り出した。そこに自分の名前と連絡先を殴り書きして手渡した。
「世話になったな。昼でも夜でも腹減ったら電話してこい。死ぬ程食わせてやる。」
ドライバーは言った。
「おれ、早坂宏昌っていいます!仲間からはハヤサカって呼ばれてます。佐冶さん、今度焼き肉食わせてください!よろしくっす!」
オフィスに入り、自分のデスクに腰を降ろした。時計に目をやると深夜3時を回ったところだった。オフィスは全面禁煙だが「6時間後の始業までには匂いも消えるだろ。」と呟き、煙草に火をつけた。デスクからウィスキーの瓶を取り出した。シングルモルトのラフロイグ。炭酸水で割りたかったが、「氷とソーダはさすがに無理か。贅沢は言ってられんな。」とあきらめた。ウィスキーを湯飲み茶碗に注ぎこむと、ストレートで胃に流し込んだ。
真っ二つに折れていた携帯電話をゴミ箱に捨てた事を後悔した。電話帳くらい取り出せたかもな。と思った。
机の中から昔の手帳を引っ張り出し、電話番号のメモ書きのページを広げた。
知りたい番号は全て手に入った。
まずは九州で世話になった藤田明夫だ。
会社の番号から掛けたが、藤田はすぐに出た。
「おぃ!勝男ちゃん!大丈夫だった?今どこ?無事着いたんやな?いや、良かったよ。心配でずっと電話待ってたんよ。」佐冶は全く記憶が無い事を伝え、何があったか教えて欲しいと頼んだ。すると、藤田は小声になり「実はな、勝男ちゃんと2日連チャンでキャバクラに行ったコト、嫁にバレてもうたんや!ほら?ニュースタイルなバーに行くって嘘ついてたやんか?でな、今、パンツ一丁でベランダで正座させられてんねん。今、嫁がすぐ近くにおるから話せへんねん。すまんな。又、明日かけるわ。」と言われた。
明日にでも藤田の嫁に謝りの電話を入れる事にした。全て佐冶が悪く、藤田を無理矢理誘った事を嫁に詫びなくてはならない。
他にも誰かに迷惑をかけてないか不安になり、憂鬱な気持ちになった。
ウィスキーを飲みほした。
次に親友のアキラに電話を掛けたが、やはり出なかった。アキラは2才の娘がいるので深夜は携帯の電源を切っている。
自分がどんな行動をしていたのか早急に知りたかった。手に持っていた「東京」と書かれた紙はともかくとして、木刀が気になっていた。自分の人間性を信じてはいたが、いつもと違い記憶が全く無いだけに動揺していた。
再び受話器を取り104に電話した。
「鹿児島の飲食店の西郷ドーンお願いします。」
電話番号のメモを取りながら、湯飲み茶碗にウィスキーをもう一杯注いだ。
すぐに店に電話した。
「もしもし。一昨日、昨夜とお世話になった佐冶と申します。」
電話に出たのは、聞き憶えのある男性の声だった。
「あ!佐冶さん!佐冶さんっすね?
03からの着信って事は東京着いたんすね!よかった~!」予想に反して明るい声だった。彼は「ちょっと待ってて下さい。」と言うと、大きな声で「おーい!みんなぁ!佐冶さん無事に東京ついたぞー!」と叫んでいる。
次々と色んな人が電話口に出た。皆、口々に「そんなに好きなら頑張って下さいね!」「優子さんとうまくいくと良いですね!」「同窓会、間に合ったんですか?」「あんた!まさに新撰組の鬼の副長や!」などと言われた。
訳がわからなかった。
何人かと話した後、最初に出たボーイに電話が戻ったので聞いてみた。「情けない事に、途中から全く記憶がないんだが、俺が何をしていたのか詳しく教えてくれないか?」
ボーイが言った。「はっはっはっ。佐冶さん聞いちゃいます?じゃ、昨夜の佐冶さんのモノマネしましょうか?いきますよ!
沖田ぁ!寺田屋が火事だぁ!わしは新撰組、鬼の副長 土方歳三じゃぁ!優子ちゃん!愛してる!東京に帰るぞ!今すぐじゃ!
こんな感じで、かなり酔っ払ってましたよ!だって焼酎4本の後、日本酒の一升瓶をラッパ飲みですもん。
いや~。佐冶さん最高でしたよ!他のお客さんも皆、大盛りあがりでした!」
ボーイが一部始終を話してくれた。
今すぐに東京に帰りたいと大暴れしだしたので店の皆がヒッチハイク用のプラカードを作ってくれたらしい。大勢で高速の入り口近くまで行き、東京方面へ向かうトラックに交渉してくれたそうだ。店にいた他の客も全員一緒だったので、早めにお店を閉めたそうだ。そして、安心出来るドライバーを選んでくれ、大手の引っ越し会社のトラックに乗せてくれたそうだ。海援隊の「ペダルをこいで」を歌い続け、優子ちゃんへの愛の言葉を叫び続けていたらしい。
一番気になっていた木刀もどうやら問題なさそうだ。この木刀は護身用に店に置いてあったものだったのだ。「優子殿、約束を果たせず、誠にかたじけない」と言いながら、何度も何度も木刀で切腹していたらしい。
そういえば、左の下腹部に痛みがある。シャツを捲ってみると、大きな青アザができていた。
店員が必死に木刀を取り上げようとしたが、号泣しながら意地でも手放さなかったらしく、最終的には「人に危害を与える恐れ無し」と判断し、持たせてくれたらしい。木刀ケースのポケットを見てみろと言われたので開けてみた。中から四つ折りの紙が出て来た。その紙切れには「誓約書。もしも佐冶がこの木刀で事件や事故をおこした場合、一切の責任は我々が負います。」と書いてあり、店の名前と30人近い個人名が書いてあった。
一通り話を聞いた後、キャバ嬢のユウコドンが電話口に出た。「佐冶さん。私、優子さんが羨ましいです。こんなにも人から愛されているなんて。私も、いい女になれる様に頑張ります。佐冶さん、私のお尻さわってる場合じゃないですよ。ちゃんと優子さんに気持ちを伝えたらどうですか?じゃ。佐冶さん、さようなら。鹿児島に来た時は是非またお店にいらして下さいね!」と言われた。
最後に店長と話した。
「お店の備品を壊したりしてないでしょうか?」
「大丈夫ですよ!グラス9個と窓ガラス1枚、それからソファーに穴が空いただけですから!よくある事です。気になさらないで下さいね!それより佐冶さん。携帯電話を真っ二つに折ってましたけど、そっちの方は大丈夫なんですか?」
丁重に礼を言い、電話を切った。
友人の藤田明夫はじめ、店の皆にもだいぶ迷惑をかけてしまった様だ。
明夫や店の皆が明るく話してくれた事に、少しだけ安堵した。
会社のデスクで2時間ほど寝て、9時の始業をむかえた。
はす向かいの席の女子社員がヒソヒソと「佐冶さん何かやばくない?」「頭ボサボサじゃん。まじウケる。」「どうせ酔っぱらって公園かなんかで寝てたんじゃない?」などと話しているのが聞こえてきたが、気にしなかった。
喫煙所に向かっていると、隣の席の後輩フジモンが小走りで近づいてきて、声をかけてきた。「佐冶さん、今夜どうすか?この前行った出会い喫茶にでも行きません?」
今日は気分が乗らないと断ったが、ひつこく勧誘してきた。「えーなんでっすか?行きましょうよ!いいじゃないすか?」
執拗に誘われているうちに、気が変わった。「わかった。行こう。ただし、出会い喫茶はダメだ。おまえ、もっと大人な店で酒を飲め。六本木のサルサバーに行くぞ。」と言い、後輩フジモンから携帯を借りサルサバーに電話をかけた。
「おう。俺だ。今夜、行くから宜しく頼む。」
六本木のサルサバーは佐冶が行く時はVIPルームをキープしてくれる事になっていた。午前中や昼に電話するといつもはナイジェリア人が出るのに今日は店長が出た。
「店長か?珍しいな。ナイジェ野郎はどうした?」と尋ねると、どうやら彼はどこかの企業のお偉いさんに気に入られ、昼の仕事をしているらしい。
この前の一件で仲良くなったナイジェリア人が店を辞めたと聞き、少し寂しい気持ちになった。
後輩フジモンは「佐冶さん!さすがっす!VIPルーム楽しみっす!」と喜んだ。
窓の外はどんより曇っていた。
優子は何故、佐冶にだけ帰郷を教えてくれなかったのだろうか?
胸が苦しかった。
今にも雨がふりだしそうな空模様になっていた。