小説「15年目の終着駅」


作:安藤珍平


第11章 [鹿児島②]


ふと目を覚ますと佐冶勝夫は東名高速の日本平サービスエリアにいた。

なぜ静岡にいるのか全く見当がつかない。

頭が割れる様に痛い。

所持品を確認したが、東京から持ってきた物は全部しっかりとバッグに入っている。

ただ、手には全く身に憶えのないモノを幾つか持っている。

「東京」と大きく書かれたA3サイズの紙。裏返すと「薩摩藩パブ 西郷どーん」と印刷されていた。店のチラシかなんかだろう。

それから、木刀。ケースから取り出すと、どうやら新品の様だ。おみやげ処と書かれたシールが貼られている。




昨夜の事を思い出したかったが、頭がガンガン痛むので諦めた。

インターの売店で太田胃酸と琉球ウコン伝説を買い、胃に流しこんだ。

何か情報を得ようと携帯電話を取り出したが、真っ二つに折れていたのでゴミ箱に捨てた。

煙草に火をつけた。

昨夜の事が全く思い出せない。


小一時間程、呆然としていた。


遠くを眺めていると、ふと、駐車場によく知っているトラックが入ってきた。佐冶の勤務する物流会社のトラックだ。

トラックに近づき運転席を覗きこんだ。期待は外れ、知らない顔のドライバーだった。


窓をノックして、声をかけた。

「よぅ。俺は営業課の佐冶ってもんだ。おまえさん、これから東京だろ?
ちょっくら本社まで乗っけてってくれねぇか?」

ドライバーは訝しがり、佐冶に社員証と免許証の提示を要求したが、確認が取れるとすぐに乗せてくれた。

助手席で昨夜の事を思い起こしていた。

しばらく車内は沈黙していたが、ドライバーは次第にモゾモゾしだし自分の事をあれこれ話し始めた。

彼は22才。新潟の水産会社を担当している。瞬間冷凍された海老を全国の大手スーパーやら小売店に運んでいるそうだ。その水産会社で奇妙な光景を見るらしい。

佐冶は本社勤務だったが、本社の正社員連中とはソリが合わず、ドライバー連中と仲良く付き合っていたので、彼の話もそれ程イヤでは無かった。

彼は水産会社で荷積みを終えると、いつも決まって養殖場の前の道にトラックを停め、仮眠するそうだ。その時に、夜の暗闇の中で社員らしき女性が何やら怪しげな物を養殖場に投げ入れる姿を何度も目撃したらしい。しかもその女性は養殖場で一人でよく泣いているそうだ。たぶん養殖場に毒か何かを投げ入れていて、その罪悪感で泣いているに違いない。と、彼は自分の見解をひたすら話し続けていた。

佐冶は助手席で適当に相槌をうちながら話を聞き流していた。考え事に集中したかったので黙って欲しかったが、世話になってる手前もあり我慢した。

ドライバーは自分の話が一通り終わると今度はあれこれ質問してきた。

「あの、?聞いていいすか?日本平のサービスエリアで何やってたんすか?」

佐冶は窓の外を見ながら、そっけなく答えた。

「長崎からの帰りだよ。」

ドライバーは好奇心に満ちた目で矢継ぎ早に色々と聞いてくる。

「え!長崎?何しに行ってたんすか?てか、長崎から日本平まではどうやって来たんすか?あと、その木刀は何なんすか?」



「最近の若いのは、男も、女みてぇにおしゃべり好きな奴が多くて困ったもんだ。」心の中で呟いた。


あまりに何度も話しかけてくるので、しぶしぶ口を開いた。

「いいか?小僧。人にはな。決して触れちゃいけねぇ心の琴線ってのがあるんだよ。」

大きく息をはき、話を続けた。

「あれだな。俺が長崎に行ったのは、つまりはあれだ。幕末の志士 高杉晋作の言葉で言うとだな、おもしろきことも無き世を、おもしろきに。って事だ。」

ドライバーは
「ふ~ん。なんか良くわかんないけどカッコイイすね。」と言った。

その後は東京までおとなしく黙って運転していた。


深夜2時半を回った頃、トラックは本社前に到着した。佐冶はポケットをまさぐり、紙切れとペンを取り出した。そこに自分の名前と連絡先を殴り書きして手渡した。

「世話になったな。昼でも夜でも腹減ったら電話してこい。死ぬ程食わせてやる。」

ドライバーは言った。

「おれ、早坂宏昌っていいます!仲間からはハヤサカって呼ばれてます。佐冶さん、今度焼き肉食わせてください!よろしくっす!」

オフィスに入り、自分のデスクに腰を降ろした。時計に目をやると深夜3時を回ったところだった。オフィスは全面禁煙だが「6時間後の始業までには匂いも消えるだろ。」と呟き、煙草に火をつけた。デスクからウィスキーの瓶を取り出した。シングルモルトのラフロイグ。炭酸水で割りたかったが、「氷とソーダはさすがに無理か。贅沢は言ってられんな。」とあきらめた。ウィスキーを湯飲み茶碗に注ぎこむと、ストレートで胃に流し込んだ。

真っ二つに折れていた携帯電話をゴミ箱に捨てた事を後悔した。電話帳くらい取り出せたかもな。と思った。

机の中から昔の手帳を引っ張り出し、電話番号のメモ書きのページを広げた。

知りたい番号は全て手に入った。

まずは九州で世話になった藤田明夫だ。

会社の番号から掛けたが、藤田はすぐに出た。
「おぃ!勝男ちゃん!大丈夫だった?今どこ?無事着いたんやな?いや、良かったよ。心配でずっと電話待ってたんよ。」佐冶は全く記憶が無い事を伝え、何があったか教えて欲しいと頼んだ。すると、藤田は小声になり「実はな、勝男ちゃんと2日連チャンでキャバクラに行ったコト、嫁にバレてもうたんや!ほら?ニュースタイルなバーに行くって嘘ついてたやんか?でな、今、パンツ一丁でベランダで正座させられてんねん。今、嫁がすぐ近くにおるから話せへんねん。すまんな。又、明日かけるわ。」と言われた。

明日にでも藤田の嫁に謝りの電話を入れる事にした。全て佐冶が悪く、藤田を無理矢理誘った事を嫁に詫びなくてはならない。

他にも誰かに迷惑をかけてないか不安になり、憂鬱な気持ちになった。


ウィスキーを飲みほした。


次に親友のアキラに電話を掛けたが、やはり出なかった。アキラは2才の娘がいるので深夜は携帯の電源を切っている。

自分がどんな行動をしていたのか早急に知りたかった。手に持っていた「東京」と書かれた紙はともかくとして、木刀が気になっていた。自分の人間性を信じてはいたが、いつもと違い記憶が全く無いだけに動揺していた。


再び受話器を取り104に電話した。

「鹿児島の飲食店の西郷ドーンお願いします。」

電話番号のメモを取りながら、湯飲み茶碗にウィスキーをもう一杯注いだ。

すぐに店に電話した。

「もしもし。一昨日、昨夜とお世話になった佐冶と申します。」

電話に出たのは、聞き憶えのある男性の声だった。

「あ!佐冶さん!佐冶さんっすね?
03からの着信って事は東京着いたんすね!よかった~!」予想に反して明るい声だった。彼は「ちょっと待ってて下さい。」と言うと、大きな声で「おーい!みんなぁ!佐冶さん無事に東京ついたぞー!」と叫んでいる。

次々と色んな人が電話口に出た。皆、口々に「そんなに好きなら頑張って下さいね!」「優子さんとうまくいくと良いですね!」「同窓会、間に合ったんですか?」「あんた!まさに新撰組の鬼の副長や!」などと言われた。

訳がわからなかった。

何人かと話した後、最初に出たボーイに電話が戻ったので聞いてみた。「情けない事に、途中から全く記憶がないんだが、俺が何をしていたのか詳しく教えてくれないか?」

ボーイが言った。「はっはっはっ。佐冶さん聞いちゃいます?じゃ、昨夜の佐冶さんのモノマネしましょうか?いきますよ!

沖田ぁ!寺田屋が火事だぁ!わしは新撰組、鬼の副長 土方歳三じゃぁ!優子ちゃん!愛してる!東京に帰るぞ!今すぐじゃ!

こんな感じで、かなり酔っ払ってましたよ!だって焼酎4本の後、日本酒の一升瓶をラッパ飲みですもん。

いや~。佐冶さん最高でしたよ!他のお客さんも皆、大盛りあがりでした!」

ボーイが一部始終を話してくれた。

今すぐに東京に帰りたいと大暴れしだしたので店の皆がヒッチハイク用のプラカードを作ってくれたらしい。大勢で高速の入り口近くまで行き、東京方面へ向かうトラックに交渉してくれたそうだ。店にいた他の客も全員一緒だったので、早めにお店を閉めたそうだ。そして、安心出来るドライバーを選んでくれ、大手の引っ越し会社のトラックに乗せてくれたそうだ。海援隊の「ペダルをこいで」を歌い続け、優子ちゃんへの愛の言葉を叫び続けていたらしい。

一番気になっていた木刀もどうやら問題なさそうだ。この木刀は護身用に店に置いてあったものだったのだ。「優子殿、約束を果たせず、誠にかたじけない」と言いながら、何度も何度も木刀で切腹していたらしい。

そういえば、左の下腹部に痛みがある。シャツを捲ってみると、大きな青アザができていた。

店員が必死に木刀を取り上げようとしたが、号泣しながら意地でも手放さなかったらしく、最終的には「人に危害を与える恐れ無し」と判断し、持たせてくれたらしい。木刀ケースのポケットを見てみろと言われたので開けてみた。中から四つ折りの紙が出て来た。その紙切れには「誓約書。もしも佐冶がこの木刀で事件や事故をおこした場合、一切の責任は我々が負います。」と書いてあり、店の名前と30人近い個人名が書いてあった。

一通り話を聞いた後、キャバ嬢のユウコドンが電話口に出た。「佐冶さん。私、優子さんが羨ましいです。こんなにも人から愛されているなんて。私も、いい女になれる様に頑張ります。佐冶さん、私のお尻さわってる場合じゃないですよ。ちゃんと優子さんに気持ちを伝えたらどうですか?じゃ。佐冶さん、さようなら。鹿児島に来た時は是非またお店にいらして下さいね!」と言われた。

最後に店長と話した。

「お店の備品を壊したりしてないでしょうか?」

「大丈夫ですよ!グラス9個と窓ガラス1枚、それからソファーに穴が空いただけですから!よくある事です。気になさらないで下さいね!それより佐冶さん。携帯電話を真っ二つに折ってましたけど、そっちの方は大丈夫なんですか?」

丁重に礼を言い、電話を切った。

友人の藤田明夫はじめ、店の皆にもだいぶ迷惑をかけてしまった様だ。

明夫や店の皆が明るく話してくれた事に、少しだけ安堵した。

会社のデスクで2時間ほど寝て、9時の始業をむかえた。

はす向かいの席の女子社員がヒソヒソと「佐冶さん何かやばくない?」「頭ボサボサじゃん。まじウケる。」「どうせ酔っぱらって公園かなんかで寝てたんじゃない?」などと話しているのが聞こえてきたが、気にしなかった。

喫煙所に向かっていると、隣の席の後輩フジモンが小走りで近づいてきて、声をかけてきた。「佐冶さん、今夜どうすか?この前行った出会い喫茶にでも行きません?」

今日は気分が乗らないと断ったが、ひつこく勧誘してきた。「えーなんでっすか?行きましょうよ!いいじゃないすか?」

執拗に誘われているうちに、気が変わった。「わかった。行こう。ただし、出会い喫茶はダメだ。おまえ、もっと大人な店で酒を飲め。六本木のサルサバーに行くぞ。」と言い、後輩フジモンから携帯を借りサルサバーに電話をかけた。

「おう。俺だ。今夜、行くから宜しく頼む。」

六本木のサルサバーは佐冶が行く時はVIPルームをキープしてくれる事になっていた。午前中や昼に電話するといつもはナイジェリア人が出るのに今日は店長が出た。

「店長か?珍しいな。ナイジェ野郎はどうした?」と尋ねると、どうやら彼はどこかの企業のお偉いさんに気に入られ、昼の仕事をしているらしい。
この前の一件で仲良くなったナイジェリア人が店を辞めたと聞き、少し寂しい気持ちになった。

後輩フジモンは「佐冶さん!さすがっす!VIPルーム楽しみっす!」と喜んだ。


窓の外はどんより曇っていた。

優子は何故、佐冶にだけ帰郷を教えてくれなかったのだろうか?

胸が苦しかった。

今にも雨がふりだしそうな空模様になっていた。





小説「15年目の終着駅」


作:安藤珍平


第10章 [鹿児島①]


土曜日。佐冶勝夫は鹿児島の夜を満喫していた。金曜日の夜に羽田を発ってから一睡もしていない。今夜もこれから朝まで酒を飲む予定だ。あす日曜の早朝に長崎に移動して、亀山社中やグラバー邸を観光してから最終の飛行機で東京に帰る計画だ。

昨夜から二日連続で「薩摩藩パブ 西郷ドーン」という店に来ている。この店は鹿児島出身の志士 西郷隆盛のあだ名「西郷ドン」にちなんで、女の子の源氏名の最後にドンがついている。

佐冶勝夫はキャバクラで飲む時は必ずユウコという名前の子を指名していた。初めて行く店でも馴れ馴れしく「今日ユウコちゃんいる?」とボーイに声をかけるので、どの店でも常連さんだと勘違いされる。「うちにはユウコという子はいません。」と言われると「じゃ、結構です。」と即座に店を出てしまう。佐冶にとっては女性の顔やスタイル、性格などはどうでもよい。ただただユウコという名前の女性と飲めれば、それで満足なのだ。

昨夜も目に入った店に片っ端から飛び込んでいき、四軒目でやっとユウコという名の女性と巡り会えた。さらに名刺を見ると「優子ドン」と書いてあった。愛しの優子ちゃんと漢字まで同じだったので興奮した。しかも、尊敬する西郷隆盛のアダ名のドンまで付いている。佐冶にとっては極上の喜びだった。

席に着いた時には、すでに興奮状態だった。「ユウコドン!最高や!お主はわしの好物のダブルコラボや!今夜はとことん愛してやる!近うよれ!」と言いながら抱きついて、覆いかぶさり、腰を振ったので、ボーイから厳重注意された。

佐冶は普段は下品ながらも礼儀正しい男だったので、どんな店に行っても店員から好かれるタイプだった。だが、この日は酒にかなり酔っ払っていた事もありタチの悪い客と化していた。この日ばかりは、いた仕方がない。鹿児島幕末スポット巡りが順調で予定より多くの場所を訪れる事が出来た。そして行く先々で想像以上の感動と出会えた。あまりの嬉しさにかつてない程にアドレナリンが出続けていた。また、2日連続で来店した佐冶をボーイやキャストがVIP待遇で迎えた事も佐冶をさらに有頂天にさせた。お店の人が佐冶を重宝するのは無理もない。前の晩、佐冶はオープンからラストまで店に居座り派手に散財していたからだ。

今夜も絶好調で、10時を回った頃にはすでに芋焼酎ボトル4本を飲み干していた。ユウコドンの肩に手を回しながら上機嫌でカラオケを歌っていると、電話がかかってきた。「ちっ。うるせーなー。せっかく気持ち良く歌ってるのに。人気者は困るぜ」とブツブツ言いながら電話に出た。

「もしもしカツオ?」親友のアキラ君からだった。

自分の旅が最高に楽しい事を自慢するのに最適な相手からの電話だったので、佐冶は上機嫌になりベラベラと話しだした。

「おー!アキラ!どうも!どうも!どう?やってる?いやー、鹿児島まぢ最高よ!ユウコドンって女の子指名したら、西郷ドンそっくりな顔した女の子が登場したよ!まいった。まいった。なんでもかんでもユウコって名前付ければいいってもんじゃないだろ!って感じよ!まっ、なんだかんだ、俺は2日連チャンでユウコドン指名してんだけどね!がっはっはっ!」

小太りで優しい性格のアキラ君は、いつも佐冶の話を熱心に聞いてくれる。

「はっはっはっはっは!楽しそうじゃん!いいな~鹿児島!」

佐冶はさらに調子に乗る。

「せやろ?いや~。アキラも連れてきてやればよかったよ!ほんまに君は残念な事をしましたね。で?どした?今日忘年会だっけか?同窓会だか童貞会だか知らねぇが、俺がいなくて葬式みたいにシーンとしてんのけ?」

アキラ達は恵比寿で同窓会の最中だった。優子ちゃんと会える飲み会には毎回必ず出席していた佐冶が欠席したので、皆で不思議がっていた。しまいに「他に好きな人が出来た」とか「ついに優子をあきらめた」などの様々な説が出てきて収集がつかなくなり、直接電話で聞いてみる事になったのだ。アキラは「やっと本題にはいれる」と思った。

「いやいや、こっちもかなり盛り上がってるよ!優子ちゃんベリーショートにして、またかわいくなってるよ。」

佐冶は、アキラが最新の優子情報を知っている事に嫉妬した。

「優子ちゃんから写メール来たんか?いいな。いいな。なんで君に写メールくるんだよ。俺にはこないのによ。俺の優子の写メール見ながら、なにを興奮してるんだかっ!けっ」不満を言いながら、追加で日本酒の一升瓶を注文した。

「え?写メールじゃないよ。写メール見てるって何だよ?今、ここにいる実物の優子ちゃんの話だよ。」アキラが言った。

「何言ってんだか~。優子ちゃんが東京にいるわけないやろ!そんなウソに騙されんぞアキラ!まっ、ちなみに西郷隆盛似のユウコドンならオレの横にいるっつーの!がっはっはっ!」と言いながらユウコドンのお尻を撫でると「ホントやめてください!」とビンタされた。


「いや!だから、いるって!七時半に恵比寿で同窓会ってメールしたろ?」

次第にアキラの声が大きくなり、真顔になっている。


佐冶は、まだ全く信じていない。

「だから~、同窓会だか飲み会だか揉み会だか、ロッテぱい揉みだか何だか知らんが、優子ちゃんのいない飲み会なんてまったく意味無し!行くかっつーの!だっつーの!」

アキラも徐々にイライラし始めた。

「は?何言ってんの!優子ちゃんから一斉送信でみんなにメール来たじゃん!来週末帰りまーす!って!PS佐冶くんメール全然返信しなくてゴメンとか書いてあったじゃん!」


「はいはい。まだ引っ張るの?そんなドッキリには引っ掛からんぞよ。もう、そのネタ飽きたし、電話切っていい?美女達が俺を待ってるんでね!」

佐冶はだんだん面倒くさくなってきた。

「なんだよ、ドッキリって?おまえ相当酔っ払ってるだろ?まあ、いいや、ちょっと待ってろ。優子に電話変わるから!」

佐冶が言った。「わかった!読めたぞ!テープレコーダーかなんかで録った優子ちゃんの声を編集して「佐冶くん。好きです。」とか喋るテープでも作ったんだろ!隊長!私はそのドッキリ見破っております!はい!残念!」

佐冶は横に座っているキャバ嬢のユウコドンに声をかけた。「もうダリィから電話切っちゃおっかな~。さ~て、カラオケ。カラオケ。ね~ユウコドン。待たせてゴメンね。」


電話を閉じようとした時だった。




「もしもし佐冶君?」



えっ。

一瞬で頭が真っ白になった。
衝撃が、体中を走った。
しばらく動けなかった。


「もしもし?」
再び、優子ちゃんの声が聞こえてくる。


何故?
優子ちゃんが本当にいる。アキラの話は本当だった。いや、いるはずない。何かのトリックだ。否、優子ちゃんの肉声が確かに聞こえた。絶対に聞き間違える筈の無い、愛しの優子ちゃんの肉声だ。電話の向こうに生の優子ちゃんが確かにいる。なぜアキラと!まさかアキラとデート?いやいや同窓会だ。優子の帰郷を他の皆は知っていた?どうゆう事だ?なぜ?おれだけ?俺が優子ちゃんからの連絡を身落とすはずはない。どうゆう事だ。今、確かに優子は東京での同窓会にいる。お、おれは、、、俺は鹿児島にいる。

自分の全身の血が逆流してくるのを感じる。優子と会う機会を逃した自分への怒りが突き上げてくる。頭の真ん中あたりで「ブチッ」と大きな音がした。脳ミソの近くの血管でも切れたのだろうか?




次の瞬間、大声をあげていた。




「なんじゃぁあ!これゃぁああ!」




声というよりは、叫び、雄叫びだった。とてつもない雄叫びがカラオケの音量を突き破り、厨房や別室にまで響き渡った。







佐冶はその後の事を全く憶えていない。










目が覚めると東名高速の日本平サービスエリアにいた。





小説「15年目の終着駅」


作:安藤珍平


第9章[同窓会]


二ヶ月ほど前、優子は髪を切った。ベリーショート。新潟での過酷な生活にはこの髪型の方が適していた。髪をここまで短くしたのはバスケ部に所属していた中学以来だ。

土曜日の午前中、親戚の三回忌に出席するため喪服に着替え、パールのネックレスをした。「アクセサリーなんて何年ぶりだろう?」よくよく考えると新潟に引越してからはエビの餌やり時の作業着か部屋着くらいしか着ていない。喪服とはいえ、洋服を着て久しぶりの東京を歩いていると何だか別世界にいる気がした。

三回忌は滞りなく終わり、親戚に挨拶を済ませてから山の手線で恵比寿に向かった。

二週間前から待ち望んでいた同窓会が近づくにつれ 次第に胸が高鳴っていくのを感じた。と同時に、「旦那とうまくいっていない事は絶対みんなには内緒にしておこう」と強く誓った。幸いな事に青アザや傷は全部洋服で隠れている。みんなを心配させてはいけない。

だが、人間なんてのはそれ程強くはない。誰しも時には誰かに甘えたくもなる。優子は旧友たちに旦那との事を相談した場合、皆がどんな反応をするのか想像していた。彼らはきっと親身になって相談に乗ってくれるだろう。優しい言葉をかけてくれるだろう。

その光景を思い浮かべながら、服の上から左腕のアザを何度も何度もさすっていた。

気づくと涙が出ていた。

自分が泣いている事に驚き、慌てて席を立ちドアの前に移った。横目で車内を見渡すと、何人かが優子の事を見ていた。極力、人から見られない様にドアの端に立った。目に力をいれ、窓に映る自分をグッと睨みつけ、無理矢理に精一杯の笑顔をつくった。

何度か涙止めの儀式を繰り返していると、次第に涙は乾き、目の赤みも引いてきた。大きく深呼吸して身を引き締めた。

落ち着きを取り戻してきた時、ふと、「もしDVの事話したら佐冶君は何て言うかな?」と脳裏によぎった。

佐冶の様な本能丸出しで自由奔放な男の前で、自分の心の中を全て打ち明け、大泣きでもしたら、だいぶ心が救われるだろうな。
などと考えていた。

ふと我にかえると、「ふふっ」とおもわず声に出して笑ってしまった。「私、なに変な事考えちゃってるんだろ。よりによって佐冶君だなんて。こんな事考えるなんてどうかしちゃってるわ。」

優子にとっての佐冶という男の位置づけは「決して悪い人ではないし、むしろ良い人だとは思う。飲み会などでたまに会ったり、佐冶の色々なエピソードを人から聞く分には愉快。でも、基本的には最低な男。デリカシー無いし、本能丸出しですごく下品な男。正直言って、度の過ぎたセクハラには心底うんざりする事もある。少なくとも本音で悩みを相談する様な相手では、決して無い。」といった感じだった。

だからこそ、一瞬とはいえ佐冶に頼りたいという気持ちが自分の中から出てきた事に驚いた。自分自身、全く予想駄にしない事だったので少し困惑した。

驚くことに、それからしばらくの間、引き続き佐冶の事を考えていた。「あそこまで自分をさらけ出している佐冶君って、ある意味、信頼できる人って事なのかも。それに佐冶君は裏表とか無いし、打算的な部分もないから、、きっと心底親身になって相談に乗ってくれるだろうな。佐冶君って案外、結構頼りになる人かもね。」
佐冶の少し気持ち悪い笑顔を想像していると不思議と穏やかな気持ちになっていた。

さっきまで泣いていたのが嘘の様だった。

ただ、やはり最終的には「やっぱり佐冶君はないよね。今日の私、どうかしちゃってるかも。」という考に至り、それ以上考えるのをやめた。

少し気分が悪くなったので品川で一度電車を降りた。吐き気が治まらないので常備薬を飲んだ。優子は新潟に引越してから定期的に医者に通っていた。診察を受ける時、病名は聞かない様にしていたので詳しい事は分からないが、貰っている薬をネットで調べると精神安定剤だった。

医者に言われた事で一つだけ憶えている事がある。「人の心は壊れやすいものですよ。やっかいなのは、体の病気と違って正確に診断できないこと。医者にも当事者にも、病気がどのくらい進んでいるのか分からない。久保さん。見たところ、だいぶお疲れの様じゃが、無理はいけませんよ。時には誰かに甘える事も大切ですよ。」


少し休憩してから再び電車に乗りこんだ。待ち合わせ時刻ちょうどに恵比寿に着いた。

待合せ場所にはエミとメグがいた。自然と顔がほころんだ。

「久しぶり?」「元気してた?」たわいもない会話がとても楽しかった。「先に3人だけで話したかったから、他の人達はお店集合にしたんだ。」メグの心遣いが嬉しい。「このまま、もうちょっとだけ三人でおしゃべりしていたいな。」と思った。独身の頃、よく三人で遊んでいた頃に戻ったかの様な感覚だった。

店に入る時にはすっかり落ち着いた気持ちになっていた。久しぶりに昔の友人に会う時などによくある 変な気負いや緊張、興奮といった感覚は全く無く、気心の知れた仲間といつも通り普通に飲みに行く感じ、ありふれた日常の一コマの様な自然体だった。

席に着くなり皆から口々に言われた。「ベリーショート似合うね。」「かわいくなったね!」「優子やせた?」「いいな~ 細くて」男女問わず多くの人から褒められ、驚いた。

確かに結婚してから11キロ痩せたが、外見なんて全く気にしない毎日を過している。化粧品売り場なんて一年以上行っていない。よく雑誌なんかでは「美しさは内面から」なんて目にするが、内面なんてお世辞にも良好とはいえない状態、むしろズタボロだ。

「皮肉なもんね。独身の頃、必死に外見に気を使ってた時よりも今の方が褒められるなんて。」心の中で呟いた。

お世辞半分にせよ 皆からあれだけ褒められると少し嬉しい気持ちになった。



皆は全く変わってなかった。


久しぶりに笑った。



会も終わりに近づいた頃、遠くから聞こえてくる男子達の会話にふと耳を傾けた。「佐冶のヤローなんで今日、九州行ったんだろうね?」「ほんと不思議だよな。いつもあれだけ優子ちゃん優子ちゃん言ってんのに。」「そうだよな!あの佐治が優子の来る飲み会に不参加なんて珍しいよな!」

少しだけ気になっていた。

飲み会には毎回必ずいて、どちらかというと誰よりも暇人な佐冶の姿が見当たらなかったからだ。「仕事かなんかで遅れて来るのだろう。」漠然とそう思っていた。

ふと聞こえてきた「九州に行った」って何だろう?転勤でもしたのかな?

だが、自分から「佐冶君は?」と聞く事は出来なかった。いつも飲み会では「佐冶君やめて!」と言って席を離れたり「本当にイヤ!」などと言っている手前もあり、佐冶の事を自分から口にするのは何となく気が引けた。


男友達のアキラ君が電話を掛けだした。話の流れから電話の相手は佐冶だとわかった。

アキラ君は佐冶勝夫の親友。ちょっと小太りで二才の娘がいる。いつも佐冶君と二人で仲良く悪ふざけをしている。

佐冶に電話を掛けているアキラ君の顔がイキイキしている。


耳を傾け、アキラ君の話し声に集中した。

「もしもしカツオ?」

「はっはっはっはっは!楽しそうじゃん!いいな~鹿児島!」

「いやいや、こっちもかなり盛り上がってるよ!優子ちゃんベリーショートにして、またかわいくなってるよ。」

「え?写メールじゃないよ。写メール見てるって何だよ?今、ここにいる実物の優子ちゃんの話だよ。」

「いや!だから、優子もいるって!七時半に恵比寿で同窓会ってメールしたろ?」

次第にアキラ君の声が大きくなり、真顔になっている。

「は?何言ってんの!優子ちゃんから一斉送信でみんなにメール来たじゃん!来週末帰りまーす!って!PS佐冶くんメール全然返信しなくてゴメンとか書いてあったじゃん!」

アキラ君は徐々にイライラしだしている。

「なんだよ、ドッキリって?おまえ相当酔っ払てるだろ?ま、いいや、ちょっと待ってろ。優子に電話変わるから!」


アキラ君は席を立ち、優子の横にすわった。「優子ちゃん、ちょっと電話変わって!なんかしんないけど、カツオが優子ちゃんが今日いる事、信じないんだよ!」

優子は状況を理解出来ないまま、手渡された携帯を耳にあて口を開いた。

「もしもし佐冶君?」



返事がない。



大きな声でもう一度言った。


「もしもし?」


やはり、返事がない。



電波が悪いのかなと思い、首をかしげた時大声が響いた。鼓膜に突き刺さる様な大声だった。

「なんじゃぁあ!こりゃぁああ!」

驚いて、電話を落としてしまった。
佐冶はかなり酔っ払っている様だ。
呂律が回っていない。

テーブルの上に落ちた携帯から声が漏れている。

「なんで優子ちゃんが東京におるんじゃぁあい!なんじゃぁあこれゃぁあ!」

ガラガラがっしゃん! と大きな音がした。「キャーー」という女性の悲鳴や「お客さーん」と叫ぶ男性の声が聞こえてくる。

アキラ君が即座に電話を奪い取り「おい!佐冶!おい!佐冶!」と大声で呼びかけていた。

電話の向こうで佐冶が何やら叫びだしたので、皆で耳を傾けた。

「沖田ぁ!沖田はおらぬかぁ!大変じゃぁ!寺田屋に戻るのだぁ!」ガシャーンとガラスが割れる音、人々の悲鳴、「おやめください!」と叫ぶ声、「新撰組 鬼の副長、土方歳三の命令じゃぁあ。今すぐ東京に帰らせろやぁあ!」

バキッ!という大きな音がして、通話が途切れた。



その後、何人かで佐冶の携帯に何度も何度も電話をかけたが、ずっと圏外のままだった。



アキラ君がだいたいの経緯を優子に説明してくれた。


エミとメグが口々に「ほんと、今日は佐冶君いなくて良かったよね。」「ほんと、馬鹿だよね!あのセクハラ野郎、ほんとキモイ!」などと話していたので、優子も「そうだよね。」と相槌をうったが 、内心では佐冶の事が気になっていた。先程の電話の様子だとかなり酔い潰れている様だったし、ガラスの割れる音もした。警察が来る様な騒動になっていないか心配だった。

男性達は佐冶を心配する様子もなく「でもやっぱり佐冶がいないと盛り上がんないよね。」など話していた。アキラ君が「じゃ、佐冶のモノマネしまーす!」と言って優子の横に座り「優子ちゃぁん。今日も最高にカワイねぇ。」と言いながら腰に手を回し「はぁ~ん。優子ちゃんの髪の毛いい香りぃ。お願い。お願い。10秒だけ優子ちゃんの匂い嗅がせて!あ~ん。最高にエッチな香りだよぉ」と見事なモノマネを披露した。

優子がいつもの感じで「佐冶君、ほんとヤダ!ほんとにヤメテ!」と席を立つと、みんな爆笑した。



トイレの前でアキラ君が一人でいたので「電話も圏外だけど、佐冶君大丈夫かな?」と聞いてみた。「まー大丈夫でしょ!いつもの事。いつもの事。」と、全然心配していない様子だった。男性の感覚が理解できなかった。



11時半に同窓会はお開きになり、皆と挨拶して実家に向かった。


久しぶりに皆と会えて楽しかった。

おいしいお酒だった。




最寄り駅から実家までの歩き道で佐冶に電話を掛けてみたが、ずっと圏外のままだった。

気が付くと三回も電話していた。これ以上はさすがにひつこいと思い、あきらめる事にした。

久しぶりの実家に入り、寝る支度をした。

旦那に帰宅を報告するメールを打っていると、アキラ君の話を思い出した。2週間前に優子が一斉送信で送ったメールが佐冶にだけ届いていなかったというのだ。送信メールを再確認すると、ちゃんと送信済みフォルダに佐冶勝夫とあった。不思議に思ったが、これ以上調べようもなく、どうする事も出来なかった。

電気を消してベッドに入った。

両親は今でも優子の部屋を、優子が住んでいた頃そのままの状態で残しておいてくれていた。

久しぶりの実家のベッドは気持ち良かった。

だが、、

佐冶の事が気になって、なかなか寝つけなかった。

夜中に、布団の中からもう一度だけ佐冶に電話してみた。



やはり圏外だった。