小説「15年目の終着駅」



作:安藤珍平




終章[ 手紙 ]




「拝啓 佐冶勝夫様

お元気ですか?今も相変らず、坂本龍馬や幕末の事を考えていらっしゃるのでしょうか?それとも、私の事を考えていて下さり、素敵なメールをつくっていて下さるのでしょうか?そうだとしたらとても嬉しく、そう想像するだけで私は幸せな気持ちになります。

いま、私は長崎の坂本龍馬記念館近くの喫茶店でこのお手紙を書いています。2歳になった龍馬は、横でスヤスヤ眠ってます。


私は今、ここ坂本龍馬記念館で働いています。あなたに連れられてよく来ていたので、館長さんが私の事を覚えていて下さり、事務をやらせて頂く事になりました。

あなたの遺骨は ここ長崎の亀山社中の後地からほど近い霊園に埋葬致しました。それも坂本龍馬のお墓から最も近い位置です。たぶん、満足して頂いていますよね?あなたのお母さまも「勝男さんにとって何が1番良いかは私より優子さんの方がわかっていると思うので、、お墓の場所は優子さんが決めて下さい。」とおっしゃて下さいました。

そうそう昨日、お母さまがあなたの故郷群馬県から下仁田ネギを送ってくださいました。館長さんも「とてもおいしい」と喜んでおられました。

あなたが、毎年高級ウィスキーや下仁田ネギを送っていた鹿児島のバー西郷ドーンにも、毎年必ず送っています。ご安心ください。


私は、、、
わたしは今でも何故あなたが死んでしまったのか分からずにいます。

あの夜の事を良く憶えていないのです。

警察から電話があり駆けつけると、血まみれのあなたがいて、近くには日本刀が転がっていて、、、

何人かの人達は泣き崩れていて、、
よく憶えているのはナイジェさんが、泣き叫びながら切腹しようとしていた事。それから不良っぽい10代の少年少女が困った顔をしていて、その父母が何度もあなたにお礼したり謝ったりしていた事です。

最初は元旦那の復讐かなとも思いました。

あなた、私の知らない何か大きな事件に巻きこまれていたのですか?

半年前、元旦那の会社は摘発されました。日本中のお金持ちの人達を相手に酷い事をしていたそうです。
今でも、元総理大臣や財政界の大物の名前がニュースに取り上げられ、大変な騒ぎになっています。

どうやら、元旦那が父親への殺人罪で服役中の刑務所の中から、自分の会社を内部告発したそうです。

あなたの死に、この件は関わってますか?


それとも、全然関係無くって、やっぱり、あの場にいた不良少年達と何かのトラブルでもあったの?

どの様な経緯だったのか私には、もう知る由もないですが きっとあなたらしい立派な死に様だったのだと思います。

あなたの会社の後輩のフジモンさんがおっしゃってました。「佐冶さんは、優子さんと結婚してから様子がおかしくなったんです。オレは幸せだ。人間いつか死ぬなら、今の様な幸せなときに死にたい。俺は全てが満たされてしまった。この世になんら未練なし。」

フジモンさんは、あなたが、よくこんな事を言ってたって言うんです。


でも、私は信じていません。





早坂さんは、こんな事を言うんです。

「佐治さんは、よく、西郷隆盛さんの言葉。命もいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬ人は、始末に困る、が、そのような人でなければ天下の偉業はなしとげられない 。この言葉を良く言っていた。佐冶さんにとっての天下の偉業って優子さんと結ばれる事だったと思うんです。」

私は信じません。

だって、、



あなたにとっての天下の偉業は決して私の事なんかじゃなく、私と結ばれる事なんかじゃなくて、

もっと、

もっと、

もっともっと大きな事ですよね。




私なんかと結ばれて、、
満足して、、
それで死んでしまったなんて、、
あるわけない。


そうだとしたら、ひどすぎます。




わたしを置いて行ってしまうなんて




大事なご報告があります。

今日の午前中、病院に行ったら、私、妊娠していました。

2ヶ月です。きっと男の子です。なぜか確信があるんです。

母親って直観でわかるんですよ。

子供の名前悩んでいます。あなたが、坂本龍馬さんの次に好きだったのって西郷隆盛さん、それとも勝海舟さん、どちらにしたら良いですかね?一人じゃ決められないので、産まれた時にまた相談させて頂きますね。

今日で私とあなたが知り合ってから、ちょうど15年目です。

あなたが愛した坂本龍馬の地、ここ長崎で、私は2人の子供達と生きていきます。

ここが私の人生の終着駅です。



では、また、次のお手紙まで、

それでは、ご機嫌よう。


佐治 優子





追伸、


乱文、散文すみません、、

早く立ち直ります。



あなたを失った悲しみは、
辛すぎます。







こんなに、愛したままでいさせてくれて、
ありがとう。









~完~


小説「15年目の終着駅」



作:安藤珍平



第19章[終着駅]


おなかの赤ちゃんを産むと決心してからすでに数日が過ぎようとしていたが、優子は未だ父親と佐治に報告が出来ずにいた。

仕事を休んだのは妊娠が発覚した日の一日だけ。翌日からはいつも通りに出勤した。

職場で同僚から「優子さん、最近、なんかイイコトあったでしょ?なんだか幸せそうよ。」「優子さん、最近なんか雰囲気変わったね!」などと言われる事が多くなった。

人から言われるまで気づかなかったが、確かに自分でも何かが変わった気がする。強くなろうと決心してから、自分がすごく前向きになった気がする。


今日は金曜日。
明日から週末。

この土日で佐治と父親に報告しようと、優子は決意を固めた。






仕事終わりの帰り道。

駅までゆっくりと歩きながら、父親と佐治に送るメールを作っていた。

佐治と父親、二人同時に話す事にした。二人とも同じくらいに大切な人だから。




メールの最後の一文は



PS
大事なお話があるの[絵文字]
ビックリしないでネ![絵文字]




メールを送信し終えると、
少し胸がドキドキした。




ピピピピ ピピピピ

すると、すぐに返信がきた。
返信メールは、二人同時だった。




メールを開いて、ビックリした。



なんと。

父親と佐治は、今、二人で一緒に表参道で飲んでるらしい。




「なんで二人で飲んでるの?あの二人、いつの間にそんなに仲良くなったの?」


わけが分からずにフリーズしていると、電話が鳴った。


佐治からだ。


「もしもし、優子ちゃ~ん。こんばんみ!今から、どう?お父様も明日は予定あるから、今日の方がいいってよ!どう?どない?」


一瞬だけ躊躇したが、今から合流する事にした。


渋谷まで出て、銀座線への連絡通路を歩いていると、胸が高鳴ってくるのを感じた。


土曜日か日曜日にしようと思ってたのに、、いきなり今日になるなんて、、




これじゃ、まさに決戦の金曜日ね!




中学生の時、よく聞いていた ドリカムの「決戦は金曜日」を口ずさんだ。





~その頃。~

佐治と父親は焦っていた。

新潟での一連の出来事を報告するために二人で集合したのが、つい一時間程前。あらかたの話が済んだところで、優子から着信があったのだ。


優子にも話さなくてはならない。早いなら早いに越したことはない。そんな話をしていた時に、優子からメールが来たので、ちょうどいい機会だと思い、呼び出す事にした。




どこまで話すべきか?

どこから話すべきか?

ネットに流出した映像の事。

元旦那が殺人の容疑で逮捕された事。

どう話せば優子が傷つかずにすむだろう?どんな言葉を選べば、少しでも優子のショックを和らげる事が出来るのだろう?



佐治が瓶ビールをもう一本追加した時、父親が口を開いた。

「佐治君。君から話してくれないか?なんだか、その方が良い気がするんだ。根拠はよくわからないが、優子にとってもそれが良い気がするんだ。」



佐治が答える。

「ありがとうございます、お父様。私も自分で話したいと思っていたところです。」



佐治が続ける。

「優子さんは強い人間です。
どんなに辛く、悲しい事実を知っても、真っ正面から向き合い、乗り越えていく事が出来る女性です。彼女は高校生の時から、、強く美しい女性でした。そして、彼女はいつもお父様の事を考えている。そんな優しい女性です。あ、お父様、今言った彼女とは、英語のsheの意味合いの彼女です。恋人というニュアンスの彼女ではございません。ゴホッ。失礼。優子さんは本当に強い人間です。今回も乗り越えるでしょう。」




父親は静かに頷いた。
「君に任せるよ。佐治君。」


佐治は、自分に信頼を寄せてくれ、そして、いつも力強く背中を押してくれる、今目の前にいる人生の大先輩に深く感謝した。


男二人の準備は整った。
本田圭佑ばりの万全な準備が整った。



~その頃。~

優子は表参道で電車を降り、地上出口へと向かっていた。胸の高鳴りがさらに大きくなるのを感じる。


一つだけ、どうしても気にかかる事がある。

父親がどう思うか?

これだけが、ずっと気にかかっている。色々とあった元旦那の子供だ。父親も彼には良い感情を持っていないだろう。孫の誕生を喜んでくれるだろうか?それとも、やはり本心では嫌がるのだろうか?父親はどんな表情をするのだろう?少しでも、一瞬でも、悲しい表情をしたらと想像すると切ない気持ちになる。




でも、自分で決めた事だから!

ちゃんと話そう!

安心してもらえる様に、しっかりと自分の決意を話そう!


先ほどから感じている胸の高鳴りや緊張は、決してネガティブな感情でなく、どちらかというとポジティブ。明るく前向きな気持ちだった。




「決戦は金曜日!」
心の中で、大きく頷いた。



おなかの中から鼓動を感じる。

この子は、今、まだ見ぬこの世界への期待に胸を膨らませているのだろうか。嫌な事、辛い事もあるだろうが、明るく前向きに自分の道を行ってほしい。




優子は実に清々しい表情をしている。


いよいよ、待ち合わせの店の前に着くと、自分のおなかに優しく声をかけた。

「今から、わたしの大切な人達にあなたの事を伝えるの。行ってくるね!」

おなかの中から、赤ちゃんが微笑み返してくれた気がした。





~その頃。~

準備が整った父親と佐治は落ちついていた。

焼酎をボトルで追加して、昨晩のプロ野球の話に花を咲かせている。








~その時、~


お店のドアが開いた。


勢いよく暖簾をくぐってくる優子の笑顔を見て、二人の男の気持ちが和む。


優子がいると、その場が一気に華やかになる。


「久しぶり~。ねぇ、なんで二人で飲んでるの?本当にビックリ!」

優子は、ジャスミン茶割りを頼むと、いきなり本題を切り出した。


「わたし、子供が出来たの!」


優子は一気に話した。

自分の考え、自分の気持ち、そして自分の喜び。


一気に全てを話きった。



話し終えると、グラスを口に運んだ。



ゴクッゴクッ


目を閉じて、出来るだけゆっくりと飲む。



目の前のニ人はどんな表情をしているのだろうか。



グラスを机の上に置くと、おそるおそる目を開けた。



父親と目が合う。

心臓がドキッとする。



一拍おいてから、父親はそっと口を開いた。

「おめでとう。優子。それは良かったね。いよいよ私もおじいちゃんか。」




佐治が続ける。

「こいつは、めでたい。優子ちゃんの遺伝子ベイビーか。こいつは、めでたい。優子ちゃん!その赤ちゃん、一年くらい俺に預けないか?優子ちゃんの遺伝子たっぷりベイビーを俺が一流の武士に育ててやるぞ!」



優子は思わず噴き出す。

「やだぁ、佐治くん。何よ武士って!?女の子だったらどうするのよ!?」



優子が続ける。

「でもそれって、佐治君がたまに父親代わりしてくれるって事?だったら嬉しいな。」



優子は心の底から安心した。安堵に胸を撫で下ろす。どうやら二人とも喜んでくれている様だ。

父親は、目の前の二人の会話を優しい眼差しで見守っている。最初に聞いた時は、それは驚いた。あの元旦那の子供だ。不安が押し寄せた。だが、話を聞いているうちに不安はすぐに消え去った。笑顔で話す優子の目を見て、優子は今、幸せなんだと確信した。産まれてくる子供は、親や家庭環境を選べない。子供には何の罪もない。母親になろうとしている優子の強い決意を感じたし、なにより、今の優子は本当に幸せそうだ。



「強い子になった。」
心の中で呟いた。娘の成長を実感し、目頭が熱くなった。


時折、父と娘の目線が交差すると、互いに微笑みを交わした。


安心してホッと気が抜けると、優子は空腹感に襲われた。

「おなかすいちゃった。なんか頼んでもいい?」

「たくさんお食べ、しっかり栄養をつけないとな。」男二人は声を揃えた。




佐治と父親は悩んでいた。
どのタイミングで話を切りだすか?いやむしろ、今日は話さず次の機会にするべきか?


その時、サラダを食べながら、優子が口を開いた。

「ねぇ、ところで何で2人で会ってたのよ?なんのお話してたのよ?」





今だ。今話そう。

佐治が決心すると、父親は目線で同意の意を示した。



「その事なんだがな、、優子ちゃん、話があるんだ。」



佐治は、出来るだけ言葉を選び、出来るだけ丁寧に話をした。


静かな空気が流れている。


優子はあまり顔色を変えずに、穏やかな顔つきで話を聞いている。


佐治は一通り話し終えると、
手元にあった焼酎をロックで飲み干した。




優子が口を開く、

「佐治くん。また危険な事してたんだね。。無事で良かった。

わたし、知ってたよ。

映像の事も。

元旦那の逮捕の事も。


ねえ、佐治くん。今度から、危険な事する時は、ちゃんと行く前に言ってよね。いつも、後から聞かされて、、、佐治君の身に何かあったら絶対イヤなの。お願いよ。

でも、ホントに無事でよかった。」





父親も佐治も、顔一杯に驚きが広がっている。



なんと。

優子は知っていたのだ。




すかさず父親が尋ねる。

「でも、優子、、あんな映像、、優子、つらくないかい?大丈夫なのかい?」


優子は笑顔で答えた。「お父さん。幕末の志士、坂本龍馬は言ったのよ。世の中の人は何とも言わばいえ、我が成す事は我のみぞ知る。そうよね?佐治くん?」


佐治が優しく微笑み返す。

「ああ、そうだな。」







優子は本当に強くなった。
たくましく成長した娘を見て、父は涙をこらえるのに必死だった。




もう、話は全て終わった。



佐治と優子は楽しそうに次の話題に花を咲かせている。

「ねぇ、佐治君。でも、もし男の子だったら、本当に一人前の武士に育ててくれるの?」

「あぁ、もちろんだ。だが、それよりな。問題なのはもしも女の子だった場合だ。優子ちゃんそっくりの女の子だったら俺は惚れ惚れちまうぜ。はじめてのチューは絶対おれだな。今から、俺好みのパンティでも買っておこうかな。グヘヘヘヘ。」

「もぅ。佐治君、ほんとキモイ!ほんとに怒るよ!」


父親は、目の前の二人の男女の会話を聞きながら、笑みを浮かべていた。


「それにしても、この佐治勝夫という男は不思議な男だ。とてつもなく下品で、とてつもなく高潔だ。今時、珍しい見応えのある男だ。末永く優子の近くにいて、優子の幸せを見守ってもらいたい。」



娘に目をやると、またもや目頭が熱くなってくる。


涙を堪えるのに必死だ。



父親は、堪らず口を開いた。

「さて、私は明日も早いのでお先に失礼するとしよう。あとは若い二人に任せる事にしよう。」




父親は先に店を出ると、馴染みのバーに立ち寄った。



かなり長い間、ボトルキープしていたウィスキー、優子の産まれた年に入れた年代物を開けることにした。

ゆっくりと口に運ぶと、涙がこぼれ落ちてきた。


40年来の馴染みのバーテンが声をかける。

「よっぽど嬉しい事があったんですね。」


「あぁ。」

父親は何度も何度も頷いた。




優子と佐治は店を出てから、もう一軒、次の店に向かう事にした。


外苑まで歩きで移動する事にした。


赤信号で立ち止まった時、優子は自然と佐治の肩に頬を寄せた。



信号が青に変わった時、佐治がふと何かを口にした。

消え入りそうな小さな声だった。

よく聞き取れない。


優子が聞きなおす。



さっきよりも、ほんの少しだけ、声が大きくなる。



「優子ちゃん。俺と結婚せえへん?さっきさぁ、あのお店でさぁ、言ったんさぁ。優子ちゃんの子供、俺に育てさせてってさぁ。あれ、本気なんさぁ。ギャグっぽく言ったけど、実は本気なんさぁ。いや、わかるよ?わかるよ?そりゃ、俺はキモイし、チビだし、ハゲだよ。でも、ええやないかぁ。結婚しよぅやぁ。」




優子の目には涙が浮かんでいる。


「佐治君。それって正式オファー?」


「私、バツイチ、子持ちよ。いいの?」


「坂本龍馬は言った。人の世に道は一つということはない、道は百も千も万もある。バツイチ、子持ちの何が悪い。優子ちゃんは、優子ちゃんだ。」


「でも私のせいで、佐冶君の会社の人とかに、佐治君が変な噂されたりしない?連れ子ありの再婚だよ。」


「勝海舟は言った。 行いは俺の物。批判は他人の物。俺の知った事じゃない。何が悪い?優子ちゃんは優子ちゃんだ。」


「お父様、お母様、佐治君の御家族は歓迎してくれる?こんな私だよ?嫌がらない?」


「世の中の人は何とも言えば言え、我が成すことは我のみぞ知る。俺の家族が反対などするか。俺の両親が俺の成す事に反対などするわけがない。」




優子の目には、涙が溢れ出している。





もう一度、優子が問いかけた。

「正式オファー?」



今度は小さな声ではなく、ハッキリと、力強い口調で、佐治は言い切った。



「あぁ。正式オファーだ。」


佐治は仁王立ちしている。




涙で視界が見えなくなる。




優子の顔が佐治の胸の中に包み込まれてゆく。




優子が、ふと、顔をあげた時、


二人の唇が、重なった。




佐治にとっては、人生で始めてのキス。



あらゆる時の流れがとまり、現実離れした多幸感に全身が包まれる。永遠の中に落ちてゆくかの様な感覚の中、二人は確かにお互いを感じていた。





2人は結ばれた。


出会ってから、ちょうど14年目の事だった。





、、、、








~~




すぐに二人で暮らし始めた。


元旦那との離婚が成立次第、すぐに入籍する予定だ。式を挙げる予定は無い。


子供の名前は龍馬と名付けた。



穏やかで平和な毎日だった。



佐冶はどこに行くにも必ず優子と龍馬を連れていった。

青森ねぶた祭りTシャツか、キャプテン翼Tシャツ、それと鹿児島のラーメン屋のオリジナルTシャツしか私服を持っていない佐治。最初は嫌だったが、一緒に街を歩くのにもすぐ慣れた。


夏休みと冬休みには、日本中の幕末スポットを旅行した。


春の風に包み込まれる様な穏やかな毎日が、一年中続いていた。










小説「15年目の終着駅」


作:安藤珍平


第18章[出来事-男②-]


佐治達三人は養殖場を後にした。

久保常務、すなわち優子の元旦那の家へと車を走らせる。

すでに辺りは明るくなり始めていた。






元旦那の家に着くなり、佐治がドアを蹴破った。

元旦那は椅子に座り、うつむいている。

顔中に生々しい傷がある。
昨晩、久保社長に拷問された跡だろう。




佐冶が言った。
「おい、何故だ。何故あんな映像を流出させたんだ。」


元旦那は、正気の無いまるで死んだ魚の様な目で佐治達を見上げると、怒気を含んだ声で問いかけた。

「なんだ、おまえら?まずは名を名乗れ。それから、そこの外国人。なに勝手にトイレを使ってやがる?ここは公衆便所じゃねぇぞ。」


佐治が声を荒げる。
「言いから答えろ」



「おや?」

元旦那は、何かに気づいた様な表情をした。



「おまえか。おまえの事はよく憶えてる。おまえは確か、俺と優子の結婚式で、全裸になって、汚ねえ余興をした奴だ。随分なマネしてくれたな。おまえの名前は憶えてる。佐治、そうだ、佐治勝夫。」


元旦那は立ち上がると、怒気に満ちた大声で佐治に詰め寄った。


「なんだ、てめえ、なんで、ここにいる?優子の野郎はまだ、こんな奴と関わってんのか、」




佐治が口を開く、
「結婚式?おまえ、まだ、そんな昔の事ネチネチ言ってんのか。
いいか、よく聞け、小僧。幕末の志士勝海舟が言うにはな「世の中は平穏無事ばかりではいけない。少しは不平とか不満とか、騒ぐもののあるほうが良い』ってことよ。結婚式なんざ、祭。多少、騒ぐもののある方がよいんだよ。そうゆうもんだ。だいたい文句があんのはこっちの方だ。俺の15年越しのアイドルを嫁にもらうなんざ、随分なマネしやがって。。」
話を終えないうちに、元旦那の拳が佐治のミゾオチにめりこんだ。続けて二発、三発。アメフトで鍛えた元旦那の拳が佐治の体を軋ませる。

たまらずにナイジェと早坂が飛び出したが、佐治は手で二人を制した。

「まー、まー、早坂にナイジェ。ここは黙って見てるがよい。」


「ガチャガチャうるせえんだよ。」
元旦那の蹴りが顎に入ると佐治は倒れこみ、そのままマウントを取られ殴られ続けた。


ひとしきり殴り終えると、元旦那は立ち上がり、乱れた呼吸のまま佐治の顔面を踏みつけ床に嬲りつけた。

佐治の顔面はかなり腫れ上がっている。

早坂が再び割って入る。
「佐治さん、なんで反撃しないんだ。」

佐治は早坂を制すと、のそりと起き上がった。

「さてとそろそろかな、」

「へへ、おまえさん昨日、くそ親父に相当やられたんだろ、、、ハンデはこんなもんで充分かな、、」

佐治がゆらりと元旦那に近づいた。

白目を剥いた佐治の圧倒的な殺気、まるで猛禽類の冠鷲の様な獰猛な殺気に、元旦那は一瞬たじろく。

佐治はそのまま右の手の平で久保常務の顔面を覆うと、徐々に力をこめた。

腕の血管がムキムキと浮かびあがっている。



ミシミシと鈍い音がする。



高校時代、狂犬竹本を一瞬で沈めた必殺技、アイアンクローだ。



もう充分だった。

どちらが勝者で、どちらが敗者か、
一目瞭然だった。





元旦那は、その場に倒れこんだ。





佐治は煙草に火を付け、ゆっくりと煙をはきだした。




「で、おまえさん、一体どうしてあんな映像を流出させたんだ?」


元旦那は、ボソボソと話し始めた。

「優子が、優子が、俺のモノじゃなくなるなら、、、傷物にしたかった。誰にも渡したくない。」





「なんて事を、、、、」
話を聞きながら、佐治は深いため息をついた。



「マスターテープを全部出せ。早く。全部だぞ。」



元旦那は、茶封筒に入ったDVDを佐治に差し出した。


「本当にこれだけか?」


「ああ。これで全部だ。」


佐冶は再び手を大きく開くと、アイアンクローでマスターDVDを粉々にした。



これで映像の件は片が付いた。






あともう一つ、聞いておく事があった。

「なぁ、おまえ。おまえは自分の親父がやってきたこと知ってんのか?」




元旦那は目を逸らした。
「何のことだ?」




「養殖場の水の下。海の奥底の事だ。」





元旦那は大きく息を吸い込み、深いため息をついた。

「おまえら、そんなとこまで辿り着いたのか。もちろん知ってるさ。高校生の時くらいからな。親父の会社で働き始めてからは、俺がVIPの接待担当だ。」




佐治が煙草の火を消し潰すと、三人は立ち上がった。


もう、この部屋に用は無い。


玄関に向かう佐治達の背中に元旦那が語りかける。


「好きだったから、他の男と付き合えない様にしただけだ。誰にも奪われたくない。おれにとって優子は天使、唯一の希望の光なんだ。」




佐治達は、振り返らなかった。






東京に帰る車の中、


早坂が口を開いた。
「考えたら、あいつも可哀相な奴ですね。」


佐治が否定する。
「そんな事はない。自分がどう生きるかだ。歴史上の偉人には、複雑な家庭環境に生まれた奴だってゴロゴロいる。産まれてくる子は親を選べない。だがな、自分の周りの環境ってのは全部自分次第でどうにでも変えられるんだ。親が悪人だった、先生がどうだった、上司がこうだったら、、そんなのは全部、なんの言い訳にもなってない。あいつがクソ野郎だった。ただ、それだけだ。」






「まぁ、多少の同情は出来るがな。」
一息おいてから付け加えた。






東京に着いたのは夜中だった。


翌日早朝、佐治は新聞を全種類買ってきて、その全てに目を通していた。


昨晩、あれだけの大きな騒ぎになったので、どこかのマスコミが嗅ぎつけていても不思議ではない。久保社長の悪事が暴かれ、ニュースになっている可能性もある。


だが、どこにもそれらしき記事は無かった。

地元警察も買収されていた様に、すでにマスコミも懐柔されているのだろうか。



養殖場の海底に眠る死体。
財政界のVIP達のおぞましい接待。



これからも明るみに出る事なく、
悲しい被害者は増え続けるのだれうか。




知ってしまった以上、何もしないわけにはいかない。

いつか何とかしよう。

胸に誓った。








その2日後、

全国紙に「新潟の海産物加工食品会社の社長死去」という記事がデカデカと乗った。

死体が発見されたのは、その会社の海老の養殖場。

社長の息子で、その会社の常務取締役でもある人物が、殺人の容疑で逮捕されたらしい。





新聞を閉じると、窓を開け、煙草に火をつけた。

にわか雨が降ってきた。
天気予報では、雨が降るなど一言も言ってなかった。




佐治勝夫は呟いた。

「久保、、これからだぞ、」




雨は次第に大粒になっていった。