大きなエネルギーはお尻のずっと底の方から始まり


物凄く力強く、まるで目に見えるかと思えるほどの体感を


伴ってゆっくり上へ上へと上がって行き、その瞬間から


私は喜びに満たされてしまいました。


全てが喜びでしかないのです。


そして自由。



私の内側からは




支店長が私を無視するのも意地の悪い事をするのも自由


職場の先輩達があからさまに嫌な態度を取る事も自由


みんな自由


やりたい事をやっていい


あなたも自由


その行為を受け取ることも自由


受け取らない事も自由




そして


一人でいいじゃない


一人でいいじゃない


でもあなたは決して一人ではない



それは


確かな言葉として受け取る訳ではなく


私がその内側からのエネルギーを言葉にして表現するなら


このような表現になるのですが


これは本当に一瞬にして私の物事の見方を


180度変えてしまいました



何より、そのエネルギーがあまりにも大きく


影響が強かったため


しばらくの間


多分1週間以上喜びに強く満たされている


状態が続いて


何もしていなくても、顔が笑顔になってしまう程


至福の数日間が続きました




いつもあまり笑顔のない娘が


いきなり部屋から出て来るなり


はつらつとしていたので


何がどうなったのか両親も


きっと驚いていたと思います



私の両親は、私が小さい頃から私が


神様の話をしたり、本を探して読んだり


神様を探す事が大好きな事に


一切何も口をはさんで来た事が無かったので



何か不思議な事が起きても


黙って見守っていてくれていたんだと思います




翌日からいつも通り朝職場に行っても


もちろん昨日と変わらずの皆さんの対応ですが


見方が変わってしまったので、皆さんが


「自由に表現している」と言う風にしか印象が残らず


その表現は私に向いているように見えるけど


その表現のほとんどは「私には一切関係が無い」と言う風に


ストン   と私の中で落ちて行くのです



そして相変わらず「喜び」のエネルギーには満たされているので


何もしていなくても笑顔になってしまう・・と言う事がそのままだったので


意地悪をされている瞬間もその事とは関係なく至福の状態が続く


本当に不思議な日々でした




自由  とは


自分が自分のために


内側からの本当の想いを


表現する事 





色んな事が、たった一人だったけど


(こう書くと、なんだか寂しいイメージですが)



本当に「相手本位」では無くなった自分を

「自分そのもの」を表現する・・と言う事は


たった一人でそれを実行していようと


相手の態度がどうであろうと


本当にどうでもいい事になってしまうのです



あるがままに自分を生きる・・と言う事

あるがままの自分に戻る・・と言う事は


魂の本来の本質を生きる事なのだとわかり

本当は今この瞬間にすぐにでもそう出来る事だと言う事が分かり


どれだけの柔らかい至福が包み込んでくれるか


それは自分で自分に出来る、何よりも最高の

自分が望んでいる、本当の事 なのだとわかりました



堂々と、でも人として謙虚さと誠実さを忘れず


仕事に関わって行く中


周りの環境は激変して行きました



当初の支店長は転属になり


先頭を切って意地悪をしていた方は辞められ


残った方々の変貌の仕方には驚くばかりでした


新しく転属されてきた支店長には


とても可愛がって頂き


社会人の楽しさもたくさん味わう事の出来た数年を


過ごす事が出来ました




そしてまだまだ


内側の探求は続いて行きます


これからも


ここに書かせていただきますねkirakria*








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