国家の典教 | mappyの憂国

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国家の典教

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古事記を読むとき、どうしても本文の神話にばかり目が向いてしまうのですが、実は序文が面白いのです。
序文に何が書いてあるかというと、まず古事記のあらすじから始まり、その後に
「歴代の政治には緩急があり、はなやかさと質素の違いはありましたが、古(いにしえ)を省みて風習や道徳が廃れることを正し、世を照らすべき典教が絶えようとしていることを補強しないということはありませんでした」と書かれています。

ここに、「世を照らす典教」とあります。
つまり神話を含むいわゆる「歴史」が、「世を照らす典教」と書かれているのです。
実はこのことは、私たち現代の日本人にとっての歴史観とまったく同じものということができます。
というのは、私たち日本人にとって、歴史というのは、いまこの瞬間にある、あらゆる選択肢の中で、どの選択肢を選ぶのが良いか、それを決める手がかりになるものが、古い時代にあった同種の出来事にあるといえるからです。
簡単にいえば、それは先例ですが、その先例や先人たちに学び、その学びによって、いまを生きる人々が、できうる限り正しい選択をしようとする。
そのために、まさに私たち日本人にとっての歴史があります。

ということは、歴史はできるだけ正確かつ正しい歴史認識でなければならないと考えるのも、やはり先例を大事にしようとする日本人ならではのことということができます。
そして実はこのことは、世界でみたら、きわめて特殊な歴史観ということができます。






なぜなら(これは先日も書きましたが)たとえば印度では、彼らはカルマ観ですから、いま、この瞬間に起きる出来事の判断は、前世の因縁によると考えられます。
中東なら、それはすべてアラーの思し召しです。
西洋なら、ヒストリーです。
ヒストリーというのは、聞いた、つまりヒアリングしたストーリーです。
ですから筋書きこそが歴史観となります。

世界の国家とさえもいえない文明の遅れた有色人種たちを教導し支配することで、彼らの暮らしの面倒を500年に渡って見てきたところが、東洋の日本という悪魔の国が、これに盾付き、我らの植民地を脅かした。だから世界の各国で連合して、ついに悪魔の国をやっつけた、というのが、彼らのストーリーです。
そして歴史は彼らにとってのストーリーですから、そのストーリーに合わない事実は、すべて捨てられます。
捨てられた事実を拾い集めて、彼らのストーリーに変更を求めることを、彼らは歴史修正主義と呼びます。


同様に支那や朝鮮では、歴史は正統性を証明するものです。
正統性というと聞こえは良いですが、要するに「誰が正統で誰が上か」を証明するものが歴史です。
ですから中共にしても、韓国にしても、その建国の歴史認識は、戦ってもいない日本を「やっつけた」ことが、彼らの政府の正統性であり、民衆の支配者の証です。
実際には日本と戦った事実があったかなかったかは、彼らにとっては関係ないことです。
彼らの正統性を証明するのが歴史ですから、その正統性を否定するものは、正式な歴史とは認めない。


これに対し日本人は、古事記の書かれた1300年の昔から、歴史はどこまでも、いまの世を、より良い世の中にするための典教です。
そして、まさに上の文章には、そのとおりのことが書かれているわけです。

そして古事記序文は、続けて天武天皇の詔を書いています。
天武天皇が飛鳥浄御原宮で天皇に即位されたとき、群臣を集めて、
「朕は
 諸家にもたらされている
 帝紀及び本辞は
 すでに正実が違(たが)い、
 多く虚飾が加えられていると聞いた。
 今この時に
 その誤りを改めなければ
 数年を経ずしてその旨は
 滅んでしまうことであろう。
 これらは、
 我が国の存立の経緯であり、
 天皇を中心とした大きな事業の基礎である。
 そこで帝紀を撰び録し旧辞を調べ、
 偽りを削り真実を見定めて、
 後の世に伝えたい」
とおっしゃられたと書かれています。


この問題意識は、きわめて正鵠を射ているもので、当時、白村江の戦いに敗れ、いつ唐と新羅の大軍が日本に攻め込んでくるかわからないという危機状況にありました。
国内の価値観を統一し、すべての豪族たちが天皇のもとに一枚岩になって結束しなければ、我が国の安全保障が確立できないという危機感があったわけです。


ここが古事記の実におもしろいところです。
なぜなら、世界中どこの国においても、古代から中世にいたる時代においては、力こそが正義とされたのです。
逆らう者には死を、というのが、古代世界の常識です。
天皇が国内を統一したいと思うなら、逆らう豪族を血祭りにあげて、軍による征圧を図る。
そういうことが世界の常識であった時代に、天武天皇は、武力ではなく、価値観の統一によって、国内をまとめようと詔を発しておいでなのです。

そしてその目的のために、諸家に伝わる様々な史書を、稗田阿礼と太安万侶で取りまとめ、一書にしたのが古事記だというわけです。


そして古事記には、どこにも武力によって敵を倒すといった内容のことが書かれていません。
神武天皇にしても、日本書紀では、まさに軍を率いての東征と書かれていますが、古事記に記載された神武天皇は、むしろ農政家であり、武力を用いて民衆を苦しめる那賀須泥毘古(なかすねひこ)に対するに際しても、むしろ戦いそのものよりも、戦うに際しての部下たちのお腹の心配をしている様子が描かれています。

外国が攻めてくるかもしれないという脅威を前にして、国内を統一しようとするとき、普通なら、どれだけその王朝が勇ましく、勇敢で、強いかを書きそうなものなのに、古事記は一貫して、民衆が、豊かに安心して安全に暮らすことができるようにすること、そのことだけを一貫して書いているのです。


そしてその古事記が、我が国最初の史書であり、国家の典教であり、天皇を中心とした大きな事業の基礎として、私たち日本人の歴史認識を作っているのです。

世界の統治者が、力による暴政を行い、民衆を支配し収奪し、あらゆる富を独占してきた世界にあって、日本は、みんなが豊かに安心して安全に暮らせることを国の柱とし、大事な判断をくだすときの典教としてきたのです。

そのおかげで、いまの私たちがあります。
日本人とは、なんと恵まれた、幸せな国民なのでしょうか。