皇民主義と個人主義 | mappyの憂国

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皇民主義と個人主義


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■書 名:「ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人!」
■ISBN-13: 978-4434184727
■著 者:小名木善行、出版社:彩雲出版
■ねず本、ネットで立ち読みができるようになりました。スマホでも読めます。
http://homepage2.nifty.com/sai/e_book/t_n56_nezu_01/
■ラジオでのねず本のお話です。下のURLで聞くことができます。私も出演しています。
http://www.sinkan.jp/radio/radio_1674.html



最近気になるのは、やはり個人主義の蔓延というか、たとえば会社勤めや町会、あるいはなんらかの団体や教室等においても、「まず個があり、その個が全体と対峙する」といったような思考が蔓延しているという世相、傾向です。
ですから、ある程度お歳を召された方と、最近の若い方では、世代間のギャップという以上に、日本人としての思考というか、考え方が根本的に違う。そんなことを感じたりします。

こうしたお若い方の考え方は、おそらくは戦後日本に植え込まれた国家観に由来するようにも思います。
幼いころからの刷り込みで、「国は悪いことをする。だから主権を持った個人が国を批判し評価し監督するのだ」という、冷静に考えたら明らかにおかしな思考が根っこにあるわけです。

ですからたとえば会社勤めをしていても、上の「国」が「会社」に置き換わり、「会社は悪いことをするから、俺たちが会社や上司を批判し評価し監督するのだ」という、なんだか怪しげな気持ちが生まれたりもするようです。




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思想や気持ちがどうあれ、職場なら職場で、仕事が進めばそれで良いと思われる方もおいでかもしれません。
ただ、注意しなければならないのは、どんな人でも、どんな組織でも、「いいときは、いい」のです。
問題は、そうした人や組織に何らかのストレスが加わったときです。


端的な例が大震災で、世界中どこの都市でも震災で街の機能が麻痺すると、そこで略奪や暴動が起こったりするわけです。
ところが日本では、それがない。
いざというときに、民度が現れるわけです。

人も同じです。
いいときは、誰だってニコニコしていて「良い人」です。
けれど、そこになんらかのストレスが加わったとき、その人の本性が現れます。

問題は、その本性です。
本性というのは、その人の根っこにあるもので、そこに個人主義があると、まさに、対立的になったり闘争的になったり、支配的、高圧的になったりするわけです。


「対立と闘争」といえば、昨今ではなにやら共産主義や左翼思想のお家芸のようなイメージになっていますが、実は、そうではありません。
18世紀にはじまる民主主義や国民国家という概念も、実は、その根幹にあるのが「対立と闘争」です。


近代国家の成立は、18世紀のフランス革命に始まります。
フランス革命では、決起したパリの民衆が、ルイ14世やマリーアントワネットで有名なロマノフ王朝を滅ぼしました。

それまでのフランス王国は、王様の私物です。
王は領主であり、領土も領民も、全部、フランス王の私有財産であり、王個人が莫大な財産を持っていたわけです。
ですから、よく誤解があるのですが、ヴェルサイユ宮殿は、ルイ王朝という形而上学的な存在の財産ではなくて、ロマノフ王朝が滅んだ時点では、フランス王であるルイ16世個人の所有物です。
ルイ16世の妻であるマリーアントワネットが所持する数々の財宝も、これまたルイ16世個人の所有物です。
王個人が、すべての財産を所持し、領土領民を支配する。それが王権というものだったわけです。


ちなみに、いまでも、こうした王権とまったく同じ、あるいは酷似した体制を敷いている組織があります。
それが日本にある大手新興宗教団体で、宗教法人とは名ばかりで、教組様個人が信者から集めた莫大な資産を保持している。
ほんとかどうか知りませんが、一説によればそれは100兆円を上回る資産なのだそうで、青年時代は、貧乏な暮らしをしていたものが、いまでは、個人でそれだけの財を築いたのですから、それはそれで立派なものですが、結果からみれば、人々の幸せ現世安穏とか言いながら、自己の蓄財を図っただけのことということになるし、こうした個人が、あらためて信者のいる地域をもし「領土」と呼ぶようになれば、それが中世的国家ということになります。
王は、これと似た社会形態と呼べるかもしれません。


さて、パリの民衆が飢えて困っているときに、王が贅沢三昧な暮らしをしている。
これに怒ったパリの民衆が蜂起して、革命を起こした、それがフランス革命でした。

革命によって、パリ市民たちは、王の財産をパリ市民のものにしようとしました。
ところがそうなると、フランスのパリ以外の地方に住んでいる人たちは怒ります。
俺たちだってフランス人なのに、パリ市民だけで王の莫大な財産を分けるというのは怪しからん。俺たちの取り分だってあるはずだというわけです。
それで地方にいたナポレオンが、分け前をよこせと決起し、仲間を集めてパリに攻め込んで、フランスの支配者となりました。


ところがフランスの周辺諸国は、相変わらず王の支配です。
フランスだけが体制を変革した。
周辺国にとって、フランス王を倒した政権というのは脅威です。つまり敵対的です。
ですからナポレオンは、一方的に自分は王(King)の上に立つから皇帝(Emperor)だと称して、周辺国を支配下に置きました。


このときのナポレオンの軍が、異常に強かった。
なぜならナポレオンは、フランスを守ろう、フランスのために戦おうといって、周辺国と戦ったからです。
それまでの王様というのは、個人の支配者ですから、兵も王の私物です。
そして兵は、王に給料をもらって雇われているだけの存在です。
簡単にいえば、王のサラリーマンです。
サラリーマンですから、死にたくない。
ですからちょっと戦って、負ければ、すぐに戦いを終わらせて、降参してしまいます。


ところがナポレオンの軍隊は、俺たちの故郷を守ろうとひとり一人が立ち上がってできた軍隊です。
どこまでも戦うし、いつまでも戦う。だから強い。
ナポレオンは、またたく間に周辺国を平らげてしまったわけです。


そこで周辺国の王様たちは、「こりゃかなわん。なんとかせねば」と考えて、憲法をつくって王も国民も、方のもとに平等だから、法のもとに団結しよう、と領民にはたらきかけました。
こうして生まれたのが「法治主義、国民国家」の概念です。


同時期に、アメリカでも独立戦争が起きました。
当時のアメリカは、英国王個人の所有物だったのだけれど、アメリカ移民たちにしてみれば、せっかく大枚をはたいてアメリカに移民してきたのに、働いて得たお金は、みんな英国王が持って行ってしまう。
これじゃおもしろくないからと決起して、英国と戦争して独立を果たしました。


けれど、独立したはいいのですが、領主である王様がいないわけですから、そこで憲法を作って、その下にみんなが平等だというタテマエにしました。
ですから、世界初の近代憲法は、なんと新興国アメリカの憲法です。


要するに、フランスにしても、アメリカにしても、王権に対する対立と闘争によって国家が形成されたわけです。
そして戦いに勝つという目的のために、18世紀にはじめて誕生したのが「国民」という概念です。
「国家は国民のもの」というタテマエが「国民国家」ですが、そのためには「国民」が独立した存在である必要がありますから、「国民国家」と一対の概念として「個人主義」という観念が生まれました。
つまり「国民国家」と「個人主義」は、もれなく付いてくるセット商品なわけです。

そして「国民国家」も「個人主義」も、その基礎にあるのは「対立と闘争」です。
戦って勝ち得たものなのですから、当然といえば当然です。
けれど、このことは、同時に始めから大きな矛盾をはらみました。


なぜなら、国民国家において、個人は平等ですが、その平等な個人同士も、それぞれがそれぞれと対立関係にあるわけです。
人の社会には、かならず秩序が必要になりますから、そこには必ず上下関係ができてきます。
上下関係は平等な関係ではありませんから、個人は常に上下との対立関係になり、闘争をし続けることになります。


アメリカではいまでも、親子間であっても、ひとりひとりはバラバラに権利を持った平等な個人と看做(みな)されます。
ですから親といえども、子供は他人ですし、夫婦といっても、夫と妻は他人です。
このことは徹底していて、子供がどこで何をしていようが、親は感知せずというのが、社会のタテマエになっています。
でも、実際には親は子が心配なものだし、誰しも子の幸せを願います。
そこに思想と現実のギャップがあるわけです。


こうした思想と現実のギャップというのは、だいたい200年くらいたつと、その落差が国家を崩壊させはじめ、250年目くらいで、その国はなくなったりする傾向があるようですが、要するに、対立と闘争を基にする「国民国家」も「個人主義」も、そろそろ限界にきつつある状況になっているといえようかと思います。

ちなみにこの「国民国家」や「個人主義」の根幹にあたる「対立と闘争」の概念を、さらに押し進めたのが19世紀のマルクス主義です。
こちらの方はもっと極端で、すなわち財産を持っている人は、すべて敵だから、その財産を持っている人を殺し、財産を奪って俺たちのものにする。
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つまり、強盗にとって、たいへん好都合な思想でした。
ですから、ついには強盗団のボスのような強権主義者が現れて、対立する者を全部殺して、ソビエト連邦をつくりました。
このマルクス主義も、理想とするタテマエは平等です。
ところがその実体が個人の欲望主義であったわけです。
ですから強盗団のボスが国を乗っ取ると、ついでにコミンテルンのようなものをこしらえて、世界中を我が物にしようと、カネとスパイをバラまいて、世界中に害毒をまきちらしました。
いまだにそのような強盗思想を後生大事に信仰している人たちがいますが、このような人たちは、少し考えればわかることを、考えようとしない。あわれなものです。


では、こうした「対立と闘争」という概念が生じるより以前、つまり、フランス革命やアメリカの独立以前の世界の諸国の状態はどのようなものだったかというと、実はそこに「国民」という概念も「個人」という概念もありません。
あったのは、領主と領民という概念だけです。

領民も領土も、すべては王個人の所有物です。
ですから王の支配が及ぶ範囲が領土、そこに住む民衆が領民です。
国民国家という概念もありません。
国境という概念もありません。


そもそも大陸は陸続きですから、国境あたりでは、隣の王様の領民たちと血が混じり、どの村がどっちの王様の領民か判然としないのです。
ですから、そのときどきの都合で、要求の強い王に、税を払ったりして従うだけです。


これは、例えは悪いですが、暴力団の組長さんのナワバリと同じです。
組長さんのナワバリが領土です。
別な組長さんとは、どこからどこまでがナワバリなのか明確な線引きがあるわけではなく、なんとなく「だいたいこのへんまでがナワバリ」とされているだけです。


要するに諸外国における中世では、国境という明確な線引きはないのです。
ですからはっきりと王の支配が及んでいるのは王の周辺だけのことで、周辺地域では、王様が滅ぼされ、隣の国の王様に支配者が変わっていたりしても、そんなことを全然知らなくかったりするわけです。
こういう曖昧な状態が、大陸における18世紀よりも以前の、西欧の状態でした。


では東洋ではどうだったかというと、たとえば支那の最後の王朝は清国ということになっていますが、これは女真族による外来王朝です。
多くの日本人は、支那人=東洋系の顔立ちで北京語を話す人たち、と思い込んでいますが、そもそもちょっと前の清王朝の時代の王朝の言語は、満州語です。
風俗も言語も、文字さえも、漢字漢文の北京語とぜんぜん違います。

そもそも、清王朝の版図とされるチベットもウイグルもモンゴルも満洲も、漢人の住む世界ではありません。
言語も風俗も文字も、ぜんぜん違います。
漢字を書く漢人にしても、様々な部族があり、これまた言語も風俗も文字も違う。
いまでも中華人民共和国のお札には、様々な文字が書かれています。

もし、国や民族というものが、共通の言語、共通の伝統や文化を保持する血縁者集団とするなら、支那の歴代王朝は、国でさえないということになります。
要するに、清王朝も、明王朝も、元王朝も、西欧と同じく、皇帝という名前の親分さんの私物です。
領土、領民は、親分さんの勢力範囲ということです。

ですから朝貢にしても、周辺国は、皇帝個人に貢ぎ物を捧げるのであって、清や明という国との国交を結んでいるわけではありません。
周辺諸国の国王と支那の皇帝が、互いに個人で信義を交している、それだけの関係です。


ちなみに清王朝時代、チベットは清の冊封国であり属国だったと勘違いしている人が居ますが、これは大きな間違いです。
清の皇帝は、チベット仏教の大きな檀徒になっていたわけで、チベットから見たら、清の皇帝は、チベット仏教の大檀徒のひとつにすぎません。
チベットは、清皇帝からの献上金に対して、贈り物の使者を送っていましたが、これが清の側では朝貢とみなされていただけのことです。
要するにこれは、ローマ法王と西欧諸国の国王との関係に近い。


ところが日本の場合は、かなり様子が違いました。
日本は、四方を海に囲まれていますから、まず領土が明確です。
そして遅くとも7世紀には天皇を頂点として日本という国号が生まれ、日本と日本人が成立しています。

そして、その頂点となられる天皇は、大陸の王や皇帝のような政治権力者ではありません。
政治権力者を選ぶ御方、つまり政治権力よりも上位の存在です。
そして民は、天皇の民(公民、皇民)とされました。


ですから、政治権力者にとって、権力は自分の私有物でなく、あくまで天皇から与えられたものです。
そして政治権力者が治める民は、その権力者の私有民ではなく、あくまで天皇の民です。


このことが、わたしたちの国の根幹にあるカタチです。
これが実にすごいのは、この仕組みによって、民衆が政治権力者の私物にならないという点です。
民衆が、権力者によって理由なく勝手に殺されたり、奪われたり、売られたりすることがない。

そして民衆が、そのありがたさを理解し、実感し、秩序を維持するには、民の側に高い民度が必要となります。
ですから諸外国が、民衆を私物化し支配するために民衆から教育や教養を奪ったのに対し、日本では逆に民衆が高いレベルの教育や教養を施すことで、高い民度を保持し、それによって国が高レベルの道義国家として発展していったわけです。
まさにこれは理想的な国家体制といえます。


そしてこのことが、まさに人類の理想ともいえる理想的な国家のカタチであったからこそ、わたしたちの国は、2674年の長きにわたり、ずっと日本のままであり、世界最古の国家でいられたわけです。


世界史の年表をみたらわかりますが、世界中、どこの地域でも、様々な国が起こっては消えて行きました。
なぜ国がなくなる、なぜ国が消えるかといえば、その国の体制に矛盾やほころびがあるからです。
その矛盾やほころびは、時とともに大きく広がり、結局長く持っても200年内外で、国がなくなってしまう。


日本では、平安時代、鎌倉時代、江戸時代など、それぞれ時代に応じた政権交替はありましたが、「天皇のもとにあるひとつの国」という国のカタチ、政治権力者は天皇から政治を預かるというカタチは、古代からいまもまったく変わっていません。
安倍総理も、天皇から親任を受けて、はじめて総理大臣です。


ですから、古来日本人は、まず天下(国)を大事にしてきました。
天下あっての自分、という思考は、日本人のまさに血肉といえるものです。


これを家庭に例えると、よくわかります。
祖父母がいて、お父さんがいて、お母さんがいて、長男がいて長女がいて、弟や妹がいる。
サザエさんの家庭に例えれば、まず磯野家という家があり、その家の中で、サザエさんも、マスオさんも、カツオもワカメも、フネさんも、互いに分を持って生活しています。

まず全体があり、その中い個があるわけです。
ですからたとえば、サザエさんが、フネさんから料理を学び、フネさんに代わってご飯の仕度をするようになと、それだけサザエさんの分が増したことになります。

会社勤めも同じです。
まず会社があって自分がある。
だから自分よりも会社(全体)を大切にする。
その中で分をわきまえながら努力し、自分がやれる領域(分)を増やして行く。
これが「仕事ができるようになる」ということで、それを古来、日本では「成長すること」と考えてきました。

国家も同じです。
国もひとつの家と考えます。
そしてその家(国)を守るために、一生懸命勉強し、陸軍士官学校や海軍兵学校に入り、そこで猛烈な訓練を経て、お国のために役立つ人間として成長していく。
そしてお国を護るために、命さえも捧げる。


このときの心が、
「無なるが故に億兆は一体なり」です。


これは軍神杉本五郎中佐の遺書「大義」に出てくる言葉ですが、「俺が俺が」ではなく、逆に自分を「無」にすることで、億兆を護る礎となる。


ところが、戦後の私たちは、子供の頃から個人主義が正しいこととだという戦後教育を受けてきました。
それは概略すれば、国家とは悪いことをするところだから、個人がしっかりして国家を見張り、批判し、国民としての主権を守らなければならない、といった意味合いであったかと思います。
つまり、全体よりも「個」が先にくる考え方です。

会社勤めでも同じです。
まず自分があって、そのために会社があると考える。
自分と会社を対立的な関係として捉える。

家庭もおなじです。
まず自分があって、そのために家庭があると考える。
子は、親と対立の関係などと、はき違える。

そのような思考のもとでは、まともな家庭などできないし、会社組織もまともに機能しなくなります。
会社組織がうまく機能しなければ、会社の業績は悪化します。
日本全国がこのようなカタチに染まれば、ですから日本全体の経済も低迷する。


学生時代、真面目で成績の良かった方ほど、このような考えに染まってしまっていたりします。
ですから、そのように考えてしまうことは、それだけ子供の頃、真面目で良い子だったという証拠ですので、決して恥ずべきことではないといえるかもしれません。


けれど、この思想は、ひとつ大事な点を見落としています。
それは「個人主義」は、究極的には自分以外のすべてのものと「対立」し、それらと「闘争」を繰り広げるという思想だということです。

そして「個人主義」は、日本にもとからある伝統的精神(和絆結)とは、これは真逆にある思想です。
そして個人主義を追求する限り、日本人はますます劣化していきます。


日本を取り戻すということは、個人主義から、日本にもとからある和絆結という共同体精神を取り戻すということであろうと思います。



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