李明博------やはり最後は「反日」
李明博は1964年、日韓国交正常化に反対する反日デモ活動を主導し、逮捕されたという履歴の持ち主である。そんな彼が当選直後「(式典演説の度に)日本へ謝罪を求めることは止める」と表明した。それは未来志向の友好、協力関係を目指すという彼の決意であった。
李明博政権は、5年間の任期のなかで3年目まで40~50%代の高い支持率を誇っていた、ところが、4年目に入り親族の不正事件などが報道され、支持率が30%代まで下がると彼もまた「反日カード」を持ち出した。2011年の年末に訪日すると長い時間をかけ、野田総理に慰安婦問題の解決を促したのだ。
それでも支持率の低下は止まらず、2012年7月李明博の実兄が金融機関からの違法金銭授受容疑で逮捕されると支持率は就任後最低の17%を記録した。12月の大統領選挙を控えている与党と大統領としては危機的な状況に陥ったのである。
その時、日韓関係史が動いた。終戦記念日を5日後に控えた2012年8月10日、韓国大統領としては初めて竹島を電撃訪問し、両国を驚かせたのである。日本との外交関係を考えると、李明博の竹島訪問はその象徴的な意味が大きい。韓国においては国民を喜ばせることになるかもしれないが、日本をあまりにも強く刺激する行動であり、歴代大統領だけは遠慮していた。政府内にも反対の声があったというが、大統領自ら訪問を強く希望したという。
李明博の竹島訪問が日韓関係にもたらすものはあまりにも大きい。本論から外れるがもう少し詳しく触れることにする。李大統領の行動について韓国内の反応は2つに分かれた。1つは「よくやった」と竹島訪問を歓迎する声、もう1つは「任期末の支持率回復と大統領選挙を意識したパフォーマンス」という指摘である。
もちろん称賛するのが多数派であり、多くの団体、政党が歓迎のコメントを発表した。ここで興味深い点は反日感情でいうと、韓国内のどの団体、誰よりも強いはずの韓国左派と野党が歓迎の意思をほとんど表明しなかったという事実である。
2010年、ロシアのドミリー・メドヴェージェフ大統領がクリル諸島を訪問し日本を刺激した時は、「韓国の大統領も独島へ行くべきだ」と竹島訪問を求めていた第1野党が、今回は「なぜ外交問題を起こすのか」と大統領を責めたのだ。矛盾しているように見えるが理由は簡単である。野党側の反日は、日本が嫌いで起こす行動でなく、反対派攻撃のための反日であるからだ。
つまり、自分たちが支持する大統領が竹島に行ったら褒めるが、嫌っている大統領が竹島に行ったら批判の対象になるのだ。これこそ私が竹島問題を「外交用」ではなく、「国内政治用」であると指摘する理由の1つである。
韓国の左派陣営は今まで李明博を「親日派」と批判してきた。しかし、竹島訪問で李明博が反日の最前線に立つと、1つの攻撃材料を失ったのだ。だとしても、今まで行ってきた「親日派攻撃」を諦めるわけにはいかない。でも、李大統領を褒めるわけにもいかない。だから、理由の通らないおかしな主張となるのである。
李明博の竹島訪問がなぜ問題なのか。それはその後遺症一朝一夕に解決されるとはとうてい考えられないからだ。
2012年12月には韓国で大統領選挙が行われ、選出された大統領は2013年2月に就任する。与党と野党、左派と右派はどっちが勝つかは誰にもわからない。しかし、確かなことは次期大統領にとって竹島訪問問題は日本との外交関係だけでなく、内政においても大きな負担として働くだろうという点だ。
誰が大統領になろうと、もし竹島を訪問しなかった場合は「李明博は行ったのになぜにあなたは行けないのか」という批判が反対派から必ず出てくるだろう。実際、李大統領の竹島訪問直後に韓国マスコミは各候補者に「あなたが大統領になったら竹島に行くか」という愚問を投げている。
竹島問題は韓国人の感情、つまり支持率に敏感に影響するために次期大統領も「竹島問題」のプレッシャーを受けざるを得ない。反日をやめると宣言したら「親日派」と批判されるのと同様、もし次期大統領が「竹島に行かない」と宣言でもしたら、今は「なぜ日本を刺激して外交問題を起こすのか」と李明博を批判する人たちも、その宣言を歓迎することは絶対にしないだろう。
そうなると竹島は韓国大統領が訪問すべき「必須コース」として定着する恐れさえある。各国の大統領が戦没者、愛国者墓地に参拝するようにである。こういった点を踏まえて考えると、李明博の竹島訪問は一過性で終わるイベント、ショーではなく、今後も日韓関係を大きく揺るがす「時限爆弾」を仕掛けたようなものだ。そして、竹島訪問を止めるという宣言、つまり、その爆弾の「起爆装置」を除去しようとする人は「親日派」と批判される可能性が高いため、日韓の緊張状態は延々と続くしかない。
日本の朝鮮統治が残した「純粋の意味での」傷(反日感情)は時間の経過によって治療されつつあるはずである。そして、戦争を経験した世代も少なくなり、子供の頃から日本の文化に馴染んで育った世代が多くなったことを考えると「反日」というキーワードは、本来であれば、そろそろ韓国社会から消えてもいい時期に来ているのではないだろうか。だが、韓国社会が行っている教育は傷口に塩を塗り続けるような行為である。それに飽き足らず、李明博は傷が永遠に治らないような魔法(竹島訪問)をかけたのだ。その魔法が誰に有利に働くかは次の章で触れることにしよう。
以上、簡単にではあるが韓国の現代史を振り返ってみると、韓国の歴代政権が体制維持、支持率の獲得、外交の手段として「反日」というカードを繰り返し利用してきたことがわかる。
国内の混乱と不満を抑えるため国外へ国民の目をそむけさせることは歴史上多くの国が使ってきた方法であり、現在も世界のいろいろな国が使って常套手段でもある。韓国の場合、日本に35年間支配された過去の「傷」があるため、「日本」我路擁しやすい素材であることは否めない。とはいえ、1980年以後強まった反日感情は日本統治期を経験した人々ではなく、未経験者たちにより提起されたのがほとんどである。即ちもはや現代韓国「反日感情」の原因は、「過去」の辛い記憶にあると明言することは出来なくなっているのである。
現在、日韓関係において、韓国の「反日」意識が、にほんの「嫌韓」感情を生み出す一因になっていることは紛れもない事実であろう。「戦後の歴史」の中で生み出された「反日感情」が、現在と未来において日韓の友好関係の妨げとなっているのである。
歴代大統領の姿を一瞥しただけでも、「反日感情」は終戦後の韓国社会が新しく生産しているものではないかという仮説にある程度可能性を見出してもらえるのではないだろうか。しかしこれはまだまだ序章にすぎない。新しく反日を作り出す者は誰で、その目的は何か。