メディアの覚醒を望む | mappyの憂国

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メディアの覚醒を望む
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衆院選前後あたりから、安倍総裁率いる日本が「右傾化」だの「軍国化」だのとくだらないイメージでこれを貶めようとする報道が、朝日、毎日などを中心に盛んに展開されています。
いわゆるネガティブキャンペーンというものです。

けれどそうしたネガティブキャンペーンが、もはやいまの日本にはまったく通用しなくなっていることは、今回の衆院選が見事に証明したといえるのではないでしょうか。
今回の選挙は、日本国民が、そうしたメディアによる悪質な世論操作や、美辞麗句を並べ立てるような、メディアの洗脳や戦後時代をリードしてきた妄想やイメージなどに、はっきりとNOを突きつけ、拒否を示しているのです。

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やまと新聞の動画コラム「ねずさんの動画マガジン」
http://www.yamatopress.com/co/pg146.html

最新号
「視聴覚障害者への思い」
黄色い点字ブロックは戦後の日本が発祥だった


日本の◯がアメリカ・リンカーン大統領を支えていた


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それをいまだに、イメージや美辞麗句、あるいはネガキャンなどを続けている。
メディアがそのようなことを続ければ続けるほど、日本国民は逆に目覚め、おかしいと気付く人が増えて行くだけです。
悪いけれど、メディアは時代にまったく逆行して後手を踏んでいます。

メディアといっても、民間企業である以上、国民の支えと共感がなければ、やっていくことはできないのです。
いまのままでいけば、数年を経ずして、日本の大手メディアは、倒産ラッシュになる。
メディアの方に申上げたいのですが、生き残りたいなら、いまこそ方向転換すべきです。

ある選挙区の話をします。
その選挙区では、小選挙区では組織票の支えがあった候補者が通過しました。
そして、保守系の大物の政治家が、比例区で当選を果たしました。

小選挙区を制した候補者は、固い組織票に守られたはずだったのですが、この順風の中にあって、得票数は、本来の組織票である10万票を3万も下回った7万票でした。

当選後、選挙事務所には万歳のアラシが吹き荒れました。
けれど、その翌日、事務所は閑散とし、なにごともなかったかのように、事務所スタッフによる後片付けが行われました。
ごく普通の選挙の様子です。

一方、組織票をもたない保守系代議士の事務所も、同様に翌日事務所の片付けを開始しようとしました。
ところが・・・・できないのです。
前日の深夜もずっと人々が入れ替わり立ち替わり詰めかけ、開票の終わった翌日も次々とお祝いのお客さんが駆けつける。

事務所の電話も鳴りっぱなしです。
おかげで事務所で電話受付をしていた女性スタッフは、午後2時の時点で、もう声はガラガラ。
ウグイス嬢をしていたわけではありません。
「当選、おめでとう!」という電話が、朝から鳴りっぱなしだったのです。
おかげで、電話で声がガラガラに枯れてしまった。

みなさん、この違いがわかりますか?
利権をチラツカセて得票した候補者のところへは、その利権に連なる企業の社長さんなどが、ほんの少数、形式的な挨拶をしにきただけです。
生活のため、商売のため、やむなく投票したにすぎない。

けれど、国を想う政治家のところには、目覚めた個人の有権者が、自分の意思で応援をし、投票するという票が集まったのです。

一票の格差が云々という議論があります。
一部の弁護士が選挙の無効を唱えて訴訟まで提起したそうです。

私から見れば、何を勘違いしているのか、と言いたくなります。
一票の重さというのは、単に人口比とか数字のことを言うのではない。
有権者の思いと良心こそが、票の重さです。

そういうこともわからない屁理屈屋に、票の格差などと言ってもらいたくない。
そう思います。

日本はいま、音を立てて変わりつつあります。
日本を覆っていた薄いベールがはがれ堕ち、多くの日本人の眼に、日本の真実の姿がはっきりと映し出されるようになってきたのです。

その時期に、あえて時代に逆行し、旧来の利権にしがみつき、従来通りのレッテル張りや、意味のない誹謗中傷などをくり返せばくり返すほど、その者達は世間の信用を失って行く。
もっといえば、日本人はメディア以上に賢く、冷静だということです。

たとえば原発です。

原発は安全かそうでないかと問われれば、やはり疑問があるのは誰も否定できないことであろうと思います。
それは、たとえば電車や自動車が危険か危険でないかと問われれば、人を轢き殺すこともあるわけですから、危険でないとは言い切れない、ということと同じ議論です。

すくなくとも日本の原発事故で亡くなった方はいないが、自動車事故や、駅のホームの飛び込みでは、毎日人が死んでいます。

そして原発が不要か不要でないかと問うならば、電力需要を満たすためには、いまこの瞬間に必要であることも、誰の目にも明らかです。

ならば、原発の安全対策をしっかりと行いながら、国費を注いで代替エネルギーに関する研究開発とその実現をできるだけ早急に進めて行く。
それが現実的な議論というものです。

まして、いま停止している原発は、停止しているのは発電機だけです。
原子炉は、いまだに稼働している。
稼働させながら、電力の供給だけを断っているのです。
それが政治主導というのですから、おかしな話です。

要するに、現実的な行動のある政治を、日本国民は求めているのです。

にもかかわらず選挙前の党首討論や、一部の候補者は、卒原発、脱原発などと、相変わらず中味のない標語ばかりをくり返していました。
そんな小手先のまやかしで、得票できると思っていたわけです。

まるで幼児のわがままと同じです。
言い張れば、お母ちゃんに買ってもらえると思っている。
残念ながら、子供としかいいようがない。

日本人は、誰もそんなことを期待していないのです。
そしてそういう現実に目覚めた多くの人々が、投票し、その結果が、自民、保守の大勝利となったのです。

私は今回の選挙を「岩戸選挙(いわとせんきょ)」と名付けました。
天の岩戸が開き、この世に光が戻る。
その選挙が今回の選挙です。

岩戸が開き、この世に光があふれるとどうなるか。
魑魅魍魎はその姿をさらすのです。
そして人々に害をなす魑魅魍魎は、闇の世界に追い払われる。
その行く先は、支那でしょうか、朝鮮でしょうか。

ともあれ日本は目覚めました。
メディアも、いつまでも闇の世界に固執することなく、新たな光の国に順応していかなければ、早晩、追われる身となることは疑いありません。

陽は昇ったのです。


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