カツカレー | mappyの憂国

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カツカレー
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安倍総裁が、3500円のカツカレーを食べたという話が、安倍総理に庶民感覚がないという話としてメディアで盛んに拡散されています。
実にとんでもない話です。
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第4回「何のために歴史を学ぶのか」


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この件について、猫めでさんが27日に以下のコメントをくださったので、再掲します。
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安倍さんの葬式はうちが出すと言った朝日新聞を筆頭に各マスゴミが、どんな汚い手を使うのだろうと考えていました。

一番卑怯なのは潰瘍性大腸炎が緩解維持できていないとかあることないことを、事あるごとに左巻きの専門医をマスゴミに登場させて体調問題にすることでしょう。

実際私の周りの自民党支持者でも体調が万全なのか危ぶむ人もおりますし、「本当に安倍さんでよかったの?」と不安を掻き立てることは可能です。

しかし安倍さん叩きの一番目は、MBS毎日放送の「安倍の今日のお昼は3500円のカツカレー!庶民感覚がない!」で、安倍さんが食事制限の必要がない ことをはからずも暴露してしまいました。

総裁選前の昼食に縁起を担いでカツカレーを召し上がったと知り、私は大いに安心した次第です。
たぶん 全国の医療関係者の皆様も、「高脂肪のカツカレーが食べられるんだから、緩解維持できているんだ」と理解なさったと思います。

MBS毎日放送も、とんだ墓穴を掘りましたね。

この話は、「高脂肪のカツカレーが食べられるんだから、安倍さんのおなかは大丈夫」と拡散しましょう。

そういえば麻生さんもホテルのバー通いやご長女誕生日のステーキハウスでの食事会等、マスゴミにずいぶん叩かれましたけれど、同じ手は安倍さんには使えません。

それは、安倍さんが日本料理店・フレンチレストラン・イタリアンレストラン・ステーキハウス・ホテルのレストラン等を利用した! 庶民感覚がない!と、マスゴミが騒げば騒ぐほど体調が万全であることの証明になってしまうからです。
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ここに書かれている通りだと思います。
潰瘍性大腸炎が完治したからカツカレーを食べれたのです。

しかもこれから自民党の総裁選に臨むというときに、勝つカレーを召し上がられた。
3500円、いいじゃないですか。

仮にも自民党の総裁を目指す男が、これから天下分け目の大勝負というときに、100円のレトルトカレーじゃ、話になりません。

それにしても、おそらくはどこかからカネをつかまされてのことだろうと思うのだけれど、一連の安倍さんたたきはあまりにも酷い。

しかしそのことは、物事の表層をみれば、たしかに「安倍さん叩きが酷い」となるのだけれど、よくよく考えてみれば、麻生さんのときにもメディアは「日本の底力を信じる」と言った麻生さんをさんざん叩いていたし、日教組と戦う!と言った教育基本法改革の旗手の中山成彬さんを猛然と潰す、あるいは西村眞悟さんや日本は良い国だと述べた田母神俊雄さんを、徹底して潰してきました。

要するにこれらは、いまにはじまったことではない、ということです。
人によっては、それこそ「マスコミの正体だ」という人もいるけれど、果たしてそうなのでしょうか。
ある意味、マスコミは時代の価値観の象徴だと思うのです。

昨日の記事の「祖国遥か」のなかに、次の一節を書きました。
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それまでの日本は、まさに家族国家でした。
人々が地域ぐるみ、家族ぐるみで助け合い、支えあって生きることがあたりまえの社会でした。
それが、終戦によって180度変わってしまったのです。

人の情けがなくなりました。
人情が消えました。
支えあうという考えが、人々からなくなっていました。

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思うに、戦争が終わり、人々の心が荒廃した。

そこに在日コリアンという、日本人とはまるで異なる価値観を持つ人たちが多く入り込んだ。
玄関に鍵などかける必要なんてなかった日本が、玄関に鍵をかけなきゃ、安心して寝れない国に変わってしまった。

一方で、日本人は、もちまえの勤勉さを発揮して、戦後の経済成長を築いてきました。
おかげで、豊かになった。

けれどその豊かさの陰で、玄関に鍵をかけなければならない世間、日本人みんなが家族だった価値観が失われ、自己の利得だけが優先し、他人をないがしろにする精神、あるいは価値観が、日本中に広がってしまった。

宣教師のフランシスコザビエルは、日本を「最高の国」だと本国に報告しました。
けれどザビエルがやってきた日本は、開闢以来もっとも国が荒れた、日本の戦国時代でした。

そのザビエルが、いまの日本にやってきたら、日本を何と評するでしょうか。
最高の国と評するでしょうか。

日本が戦後失ったものは何なのでしょう。

大東亜戦争開戦の帝国政府声明文に、次の一節があります。
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苟(かりそめに)も驕ることなく、又怠る事なく、克く竭(つく)し、克く耐へ、以て我等祖先の遺風を顕彰し、難儀に逢ふや必ず国家興隆の基を啓きし我等祖先の赫々たる史積を仰ぎ、雄渾深遠なる皇謨(こうぼ)の翼賛に萬遺憾なきを誓ひ進んで征戦の目的を完遂し、以て聖慮を永遠に安んじ奉らむことを期せざるべからず。
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口語訳すると、

どんなときにも
けっして驕(おご)ることなく、
また怠(おこた)ることなく、
よく尽(つ)くし、
よく耐(た)え、
それによって私たちの祖先の遺風を顕彰し、
困難にあったら
必ず国家興隆の基を築いた私たちの祖先の
赫々(かくかく)たる歴史と業績を思い、
雄渾深遠な陛下の統治を思い、
万事にわたってソツがないようにすることを誓い
進んで征戦の目的を完遂し、
もって陛下の御心を永遠に安んじ奉る

となります。
そしてこの声明文のもとになっているのが、神武天皇の建国の誓いです。
そこには次のようにあります。

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上(かみ)は則(すなわ)ち乾霊(あまつかみ)の国を授けたまいし徳(うつくしび)に答え、下(しも)は即ち皇孫(すめみま)の正(ただしき)を養いたまいし心を弘(ひろ)めん。
然(しか)して後に六合(りくごう)を兼ねて、以って都を開き、八紘(はっこう)を掩(おほ)ひて宇(いえ)と為さんこと亦(また)可(よ)からずや
~~~~~~~

口語訳すると、

国を授けていただいた
祖先の神々の恩に感謝し、
祖先から伝えられた正しい道を
自分たちも広めていこう。
それによって
天下万民がもれなく
日本という大きな一つの屋根の下で、
家族のように睦まじく幸せに暮らして行こう

これが日本の建国の理念です。

いま、日本は、開闢以来の危機に見舞われているといいます。
どうしようもない困難に至ったら、原点に還るのが基本です。
そして日本の原点というのは、まさに、日本の建国の理念にあると思うのです。

逆にいえば、日本が危機に至っているのは、あるいはマスコミがおかしなことになっているのは、その全ての遠因は、もとをたどせば、日本が、日本人が、日本という国の建国の理念を忘れてしまっていることに尽きるといえるのではないかと思う。

国家というのは、建国の理念なくしては成り立たないものです。
その意味で、中共や韓国はある意味、たいへん悲しい国といえます。
なぜなら国家建国の理念そのものが、反日をスタートラインにするという、ハナから間違いを犯しています。

はじめの一歩の踏み出す方向が間違っていれば、どこまで行っても国を間違えるのです。

日本が、世界最古といって良い2700年の皇統を絶やさない国家として今に至っているのは、とりもなおさず、日本の建国の理念が「正しかった」という証左です。

幕末の国学者八田知紀は、次の歌を詠みました。

 いくそたび
 かき濁しても 澄みかへる
 水ぞ み国の 姿なるらむ

どんなにかき乱しても、最後は澄みかえる水の姿こそ、日本の姿だ、というのです。
つまり、どんなに行き詰っても、国が乱れても、神武天皇の建国の精神に立ち返れば、間違いなくまたもとの清らかな日本に立ち返ることができる。

そしてその建国の精神こそ、日本人は家族だ、という根本理念です。

一家の主が、家を守るための大勝負に出るとき、3500円のカツカレーを食べる。
結構なことじゃないですか。

逆に、亭主がこれから大きな仕事をしようとするときに、いちいち箸の上げ下ろしまで家族がケチをつけていたら、家族が暗くなる。

暗い、明るいは、お笑い番組で、意味のない笑い声を垂れ流すのが明るいということではありません。
みんなが互いに助け合い、いたわり合い、励まし合い、ひとりひとりが少しでもみんなのために成長しようとするところに、はじめて本当の笑い、ほんとうの笑顔が生まれる。
私はそう思います。

日本が日本であるために。
日本人と言う家族を守るために、いま、わたしたちは二つのことをしなければならない。

ひとつは、家族を崩壊させる毒牙を撥ね除けること。
もうひとつは、建国の理念にたちかえり、家族国家を取り戻すこと。

そのために、ひとりひとりができることをする。
それが日本の日本人が、いますべきことなのではないかと思います。