9.1関東大震災朝鮮人暴動事件 防災+防テロの日
関東大震災は、大正12(1923)年9月1日、マグニチュード7.9。午前11時58分に関東地方で起こりました。
この時朝鮮人テロリストによる大規模な暴動があり多数の日本人被災者が無差別に虐殺されました。
日本悪玉史観では日本人が不条理にも加害者扱いされていますが悪質な謀略宣伝と言うべきです。
南京や慰安婦の嘘は有名になりましたが、この事件についてはまだ知らない方も多いかと思います。是非たくさんの人に伝えてあげて下さい。
当時の暴虐テロを実行したテロリストを母体に持つ反日国家が宣伝する国定プロパガンダに負けてはなりません。
毎年9月1日は朝鮮人テロリストによる日本人大量殺戮が実行された日として真実の歴史を未来の世代の為に語り継いでいかなければならないと思います。
9月1日は「防災の日」とされていますが、ここで言うところの「災害」とは天災だけではなく敵性国家のテロリストによる一般日本人への攻撃という「テロ被害」も含まれるものと解釈するべきです。
周辺諸国との緊張が高まりつつある現在、今なおテロリズムに依存して国家運営しているような反日国家がこの事件と同様の大規模な暴虐テロを再び起こさないとも限りません。
これからの日本はこの種の暴虐テロは必ず発生するものと想定し、「防災+防テロ」の為に備えていく必要があります。
この関東大震災朝鮮人暴動事件はこれから起こり得る「テロとの戦い」において多くのことを日本人に示唆しており、テロとは何かを学ぶ良いきっかけになると思います。
拡散動画です。よろしくお願いします。
事件の概要の動画
(全文)関東大震災朝鮮人暴動は「皇太子暗殺」を狙ったテロだった(反日学@脱・戦後体制人権運動)
事件当時の戦慄の様子
関東大震災朝鮮人テロリストによる日本人虐殺事件の詳細(反日学@脱・戦後体制人権運動)
(動画で使った史料・使用画像・未使用あり)http://d.hatena.ne.jp/hannitigaku20/20120727/p1
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事件の概要
朝鮮人と社会主義者=アカが結託して日本の国体を破壊すべくクーデターを起そうと準備していた。本来の予定日は(1923年)11月28日の摂政の宮(皇太子・昭和天皇)の御成婚当日であった。
彼らを裏から支援していたのは日本と朝鮮の赤化と日本弱体化・日鮮分断を狙うソ連のコミンテルンであった。
そこに関東大震災(1923年9月1日)が起き、この機を逸すべからずと急遽計画を前倒しし朝鮮人テロリストが混乱に乗じて暴動テロ(無差別殺人・ 放火・強姦)を実行した。
事件の背景
大正6年(1917年)10月にはロシア革命が成立して、労働運動の波が朝鮮半島をも席捲し、大正デモクラシーの風潮にのって、日本本土でも社会主義・共産主義が勢いを得ていた。国内でも朝鮮人テロリスト等による活動資金調達のための現金強奪事件や首相官邸の爆破襲撃未遂事件などのテロも多発していた。
またこの事件の翌年(1924年)モンゴルで共産革命が起こりモンゴルの国体は破壊された。こうした共産主義勢力への危機意識は当時の日本人は持っていたはずだが戦後タブーになっている。
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黒龍会の主宰者内田良平は、震災時における朝鮮人の謀略をいちはやく告発した人物です。彼は、それを政府に訴えた文章のなかで、朝鮮独立運動家の背後にいるのは社会主義者であり、日本の赤化運動を狙うロシアが日本の社会主義者と朝鮮人を扇動し、社会主義者と朝鮮人は気脈を通じ合っていると指摘しました。
その言葉どおり、大震災のニュースを聞いた朝鮮の過激派労働者集団は「共産主義を鼓吹する者及之等に依り組織せられたる各種の労働団体は、今次の震災は地震の被害より之に伴ふ火災の損害が最甚大なる模様なるが、火災は我等と志を同ふせる主義者同人が革命の為放火したるに因るものなり」と喜んだといいます。(「現代史資料6」)
参考文献:「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」工藤美代子(2009年産経新聞出版)
テロリズムの定義(ウォルツァー)
「テロリズムとは万人に恐怖を拡散させ、もって政治指導者に影響力を行使する為に、無辜の人々を無差別に殺害する意図的な行為である。テロリストは人民の支持を集めたり、人民の解放を目指すものではなく実は一部のエリート闘士による独断の運動に過ぎない。テロによってテロリストは抑圧や専制を押しつける体制を作ることを目指す。」
02画像と朗読バージョン (朗読内容同じ・字幕なし)記事の詳細が読みやすいです
この事件に関する考察です。
<反日学トピック> 関東大震災朝鮮人暴動事件
参考までに当時の記事を紹介します。。
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大阪毎日新聞 大正12年9月10日
流言に迷わされず同胞鮮人に同情して救済に努力されよ 藤岡内務書記官談
内務省書記官藤岡兵一氏は関西方面における震災救護事務視察のため七日午後東京を発し自動車にて長野に出で同地から鉄路名古屋を経て九日朝来阪府庁を訪い救護事務に就いて打合わせをなし午後藤沼警察部長と各方面を視察し本社に来訪したが氏は帝都に於ける大震災の救護模様から災害後の取かたづけ其他に就て左の如く語った
内務省では新大臣を始め各局各課挙げて震災事務に総がかりの有様です、殊にあのような惨状を極めた後ですから食事も飲料水も十分でなく大臣始め省内のものは何れも玄米の握り飯一個と一切れの沢庵とで奮闘を続けて来ました内務省では今度の大災害にまず生きている避難民を真先に救助することに努め其方に全力をそそいだわけですが大阪を始め各府県の素晴らしい同情で救援の食糧品は日々芝浦、品川其他に山を築く有様で斯うした温かい同胞の同情には私達も涙ぐましいほど感激しました、之等の食糧品は軍隊其他の手で各方面の避難民に配布していますが何分貨物自動車が不足なために十分に行渡らず配給に困っています兎に角避難者の救援が一通りついたので今度は気の毒な惨死者の死骸取片づけに着手し六日から七日にかけては彼の最も甚しかった本所被服本廠の死体の整理をした結果三万二千という数字も判ったわけです、今日では帝都の人心も既に落つき秩序も漸次回復して市内電車の如きも山の手方面の一部は六日から開通したが十日頃までには市内の重なるところは全部開通させると云っていた、電灯は山の手は早くから点灯したが其他も出来得る限り早く復旧するよう工事を急いでいる、また電信、電話、鉄道も日一日と復旧しつつある、七日の午後私が東京から自動車で長野へ出る途中驚いたのは東京から田舎の方へ出て行く避難民と田舎の方から東京さしてやって来る人々で東京大宮間が行列のようにつながっていたことである、東京から田舎へ避難するのはよいが此際食糧不足で配給の困難な東京へ入込むことは余程の用意がないと罹災民同様救護をうけることになるから出かけない方がよい、また東京其他各地でさまざまのくだらぬ流言蜚語を為すものがあるが之れに対して当局は厳重な取締をして居るがかかる大災害のあった際とて国民は一層冷静に考えてくだらぬ噂や流言蜚語にまどわされてはならない、殊に朝鮮人の事に就ていろいろ噂を為し東京では悪漢無頼の徒が今度の災害に殊更斯様な流言を放ちて人心を惑乱し其機に乗じて悪事を働こうとしたものもあったがそれは忽ち検挙してしまった、各地においても之に類したことがあったら悪漢に利用されないよう警戒せねばならない、朝鮮人の避難民に対しては一層同情すべき点が多く当局においては出来得る限り救護し且つ保護も加えることにして居るが彼等もまた我々の同胞であるから同じく仁慈の憫みを以って迎え罹災の避難民は飽迄も保護し愛撫し進んでは職業のないものには職業の世話をもしてやって欲しい、そして彼等を善良なる国民に導くようにしてやるのが我々同胞の義務であろうと思い当局に於ては之れに対し非常に苦心をしています
流言蜚語に迷うな 大阪に於ける手配は十分 藤沼警察部長の声明
九日午後五時半大阪府藤沼警察部長は各新聞記者を招致して市民に伝うべく左の声明をした
朝鮮人に関しては種々の流言蜚語あるも之に惑わされず彼等も亦吾人の同胞なるを以て善良なる者に対してはこの際むしろ赤誠を以て愛撫保護し信頼の念を有たしめ日鮮融和の実を挙げん事を望む、大阪に於て警察上注意を要すべき事項に関する手配は十分なりと思慮す、市民は安心して可なり
無頼漢の暴行は誇張
多くは過激主義者の煽動 関東戒厳司令部の発表
関東戒厳司令部は不逞鮮人の跋扈説につき九日附で注意書を発表した要点は左の如くである
震災以来不逞鮮人の跋扈について種々浮説が伝えられたが事件そのものは極めて少数であった例せば横浜の近郷で一団の不逞鮮人が掠奪、強姦、放火を企てた又田町停車場(省線)附近で一名の鮮人が塵埃箱及び森永製菓会社工場に放火しようとしたのを警官が発見した又去る五日亀戸警察署で六名の鮮人及び是等の鮮人を煽動した一団の過激主義者を拘引した、彼等は警察権を無視し乱暴を働き不穏の言を弄して民衆を煽動しようとした然し軍隊、警察、在郷軍人会及び青年団などの厳重な監視により斯様な暴行は今や全くその跡を絶った、鮮人に対する浮説は一般に事実を誇張して伝えて居るようで殊に此浮説は社会の安寧秩序を破壊し困難なる事態を惹起せしめようとする憎むべき過激主義者によって一層誇張された今後とても厳重なる監視を持続するの必要あるは言うまでもないが然し一般民衆は無稽の浮説などに惑わされぬよう注意し怪し気な人間は直にこれを軍隊警察などの手に渡し私的団体が直接検問制裁などを行わぬよう呉々も注意して欲しい(高崎経由東京電話)