今、この日本では、「原発いらない病」という病気が蔓延している | mappyの憂国

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原発いらない病
今、この日本では、「原発いらない病」という病気が蔓延している。

地元の新聞を見ても、読者や自称文化人の皆さんが、「原発はいらない」という言葉を繰り返し、その言葉を何のためらいもなく、繰り返し掲載し続ける。
・・・朝、新聞を見るたびにガッカリする。

急進的な脱原発を推進したい人たちにとって、都合の良い状況が生まれてしまった。
それは、「この夏を大規模な停電をせずに乗り切れてしまいそう」ということ。

急進的脱原発派の皆さんは、一斉にこう言うだろう。
「原発が無くても、夏を乗り切れた!」
「やっぱり原発はいらないんだ!」

(一部を除き)原発を止めたままでも夏を乗り切ることができたのは事実。
でも自分が許せないのは、急進的脱原発派の皆さんが「なぜ原発を稼動させなくても電力供給が間に合ったのか?」という点を一切考えないところだ。

この夏を乗り切れた理由。
その1つは、急進的脱原発派の皆さんが大嫌いな電力会社の努力に他ならない。
しかし、そんな努力には急進的脱原発派の皆さんは誰も目を向けない。

急進的脱原発派の皆さんからすれば、電力会社は「原子力発電所という人類の敵を稼動させてきた悪い人たち」なので、感謝の気持ちなど生まれるはずもない。

だから、この夏を乗り切れた理由は「僕らの努力」だけだと頑なに信じ、電力供給が間に合ったという結果だけを見て、「やっぱり原発はいらない」と叫び続けるのだ。

電力会社を批判したい気持ちは判らなくもない。
でも、どこを批判し、どこに感謝すべきか、もう少しキチンを分けて考えられないものだろうか?

理由はいらない。何でもかんでも、批判することがカッコイイ。
そういうのって、そろそろ止めませんか?
大人なんだから・・・。


原発よりバ韓国やシナがいらない。

地域にバラツキはあるが、最大で15%くらいまで節電を達成したところもある。
少なくとも8%の節電を達成している地域もあり、その結果、熱中症患者は最多となっている。

国民の多くが節電をし、多くの国民が熱中症になってまでも努力した結果があるにも関わらず、それを大きく取上げて報道したところは無い。
それで電気が足りている、と言われたのでは、節電していた人もバカバカしく思うだろう。

報道の公平性が保たれていたら、放射脳・脱原発も少なかったと思われる。
脱原発連中は集団ヒステリーの典型として、今後の歴史に汚点として残るでしょうね。
いま、電力会社はコストを顧みず、化石燃料で電力を供給しているのです。燃料を輸入し、火力発電所を整備、新設していく中で日本経済が破綻するのです。再生可能エネルギーは不安定かつ高価、基幹電力になりえない。でも、これはマスゴミのヒ・ミ・ツ、・・・


それが全国紙たる朝日新聞や、一政党の機関紙である赤旗のような奴らが
連日連夜その情報を「是」として垂れ流しているんですよ。


みんな必死になって、いや実際に病院に搬送されたり死亡した人もいるのだから
「決死」の覚悟で節電に挑み(それも2季連続で)産業や商業へ著しい負担をかけ
更に自社で足りない電力を他社から融通してもらう…のは今までもそうなのだが、
融通する方(つまりは売る側)の電力もカツカツな状態で膨大な量をそれにより
工面したんですから、各電力会社の給電所の人々は血の吐くような努力をした
ことでしょう。

今更言うまでもないが、1電力だけで電気の需要がまかなえているわけではなく、
夏場なら東京なら東北・北海道、関西なら四国・北陸などから電気を買い、
冬場には受給が反転するので逆の流れで売却することによって電気料金の
安定化にも電気の質の安定化にもつながっているんです。

そういったそもそもの電力需給はどうだったのか?という基礎部分をすっぽり
放り投げて目先のことしか報じないメディアと、それに踊らされる無学なお花畑
共による狂乱の裔に過ぎないんです。

しかも、こういった知識のある人間の現実味のある理論をいくら説いても、
聞く耳すら持とうとしないんです。お花畑の人々は!

何も考えずに、ギャーギャー騒ぐのは猿でもできる。

>いま、電力会社はコストを顧みず、化石燃料で電力を供給している・・・

石油価格の高騰によるリスクを分散する意味で、いろいろな発電のミックスがベストという国の方針を代行説明しても需要者側に理解してもらうのは容易ではないだろう。

70年ほど前、エネルギー源である石油の輸入をストップされた日本が、苦し紛れに戦争(第二次世界大戦)に突入して行ったことなど誰も考えはしない。

それほどエネルギーは重要なのに・・・。国民は1972年のオイルショックあたりからの世情の流れをもっと良く見るべきだ。

ここ一連の原発依存度、エネルギー問題の中で
議論からすっぽり抜けているのが「エネルギー自給率」です。
日本が目指すべきエネルギー自給率の議論が全くなされていない。

反原発派にこれを聞いてみて欲しい。
「日本はエネルギー自給率が何パーセントあれば安心ですか?」と

目標自給率をまず設定し、それを実現するにはどうするか
これを論点にしないといけない。

化石燃料 vs 再生可能エネルギー(←間違った議論)
原子力依存度 vs 再生可能エネルギー(←間違った議論)
↑これは問題のすり替え、両者対立させるものではないと思います。

エネルギー安全問題として対立するのは
「輸入エネルギー vs 自給エネルギー」であるはずです。


原発より先に無くさなければならないものがあると思います。
日本を守るために何をすべきか?
「優先順位」を考えることが大切だと思います。

最大で15%・・・凄すぎです。(汗)

電力不足が回避できた、もう1つの理由。
それが国民による「節電」であることに疑いの余地はないでしょう。
しかし、「節電」という言葉が必要以上に美化されている現状が気掛かりです。

「節電」という言葉は美しいですが、「節電」はしなくて済むのなら、それに越したことはないのです。
熱中症になるリスクを負ってまで行われる節電は、既に「無駄遣いをやめる」という次元を超えていることは明らかです。
反原発デモに参加している人たちが、待機電力を減らす程度の「おままごと節電」ではなく、「死ぬ気の節電」をした上で原発不要を叫んでいるのか?・・・疑問が残ります。

ご指摘の通り、原発問題に関しては報道の公平性が保たれてるとは言いがたい傾向があると感じています。
メディアの肩を持つわけではありませんが、おそらくは放射脳・急進的脱原発サイドからのクレームを恐れて、「原発=怖い・廃止すべき」という報道に傾けているのでしょう。

火力でムリヤリ間に合わせている現状。
そして自然エネルギーの想像を絶する不安定さ。
そういった現実からも、彼らは「命を大切に」「子どもたちの未来のために」と叫びながら、目を背け続けるのでしょう。

自分たちが毎週金曜日の夜に叫んでいる間にも、日本中にエネルギーの供給を続けるために頑張っている人がいること・・・彼らは知らないのでしょうか?
想像力の欠如というものは、本当に恐ろしいと思います。

「原発から撤退」と書かれた共産党のポスターは地元にもあります。
見るたびに、脱力します。

>みんな必死になって、いや実際に病院に搬送されたり死亡した人もいる
>のだから「決死」の覚悟で節電に挑み(それも2季連続で)産業や商業へ
>著しい負担をかけ更に自社で足りない電力を他社から融通してもらう…
>のは今までもそうなのだが、融通する方(つまりは売る側)の電力もカツ
>カツな状態で膨大な量をそれにより工面したんですから、各電力会社の
>給電所の人々は血の吐くような努力をしたことでしょう。

仰る通りです。
こういった電力会社や、民間の必死の努力は、一部だけは既存メディアでも報じられていましたが、「放射脳」な皆さんを説得させるだけの材料にはなっていません。
おそらくそういった報道をすると、放射脳な方々から「御用メディア」のレッテルを貼られ、クレームがつくのでしょう。

実際に仕事をしていると判りますが、「ほんのちょっとの節電」が仕事の効率を落とし、精神的にジワジワと負担をかけていくもの。
デスクワークですらこんな状態ですから、工場等ではどれほどの悪影響が出るのかは想像に難しくありません。
「無駄遣い」は止めるべきですが、「無理な節電」はしなくて済むなら、しない方がいいのです。

電力の融通やベストミックスについても、急進的脱原発派の皆さんは無視しているのでしょう。「電気作って配ることなんてカンタンでしょ?」・・・とでも思っているのかもしれませんね。
電力会社がどれほどの苦労をして電力を安定供給してきたのか・・・という点を考えてほしいとこですが、それを考えることができていたら「放射脳」にはなっていませんよね。orz

石油価格の高騰によるリスクは、「放射脳」な皆さんにとってみれば、ティッシュペーパーのように吹けば飛ぶ程度の軽い問題だと思います。

「石油価格?そんなことより命が大事だろ!」・・・で、思考停止です。

彼らは「経済」と「命」は相反するものだと固くなに信じています。
だから彼らは、子供たちに「命とお金のどっちが大事なのか?」という恥ずかしい言葉を堂々と言わせることができるのです。

・・・はっきり言って、見ている方が恥ずかしいですが。

自分のように学が無い人間でも、「経済と命は切っても切れないもの」であることはよく判っています。
「経済」を「命」を常にトレードオフで考えようとする人間は、どうしても胡散臭く見えてしまいます。