明らかに収支バランスが変
東京都足立区
税収374億円<「生活保護費」420億円
税収より生活保護費が多いって・・・・。
一部の人間の中では生活保護がセーフネットというより財テクになっている気がします。
遠因を考えると、貰えるものは貰っておけ、貰わないと損だ的な発想というのは
大東亜戦争の戦没者に対する戦後日本人の考え方にあると思うのです。
当時の戦争は全く意味がなかった。死んだ人間は死に損だ。自分はそんな割の合わないことはしたくない。戦没者の遺骨なんてどうでもいいやなどなど・・・。
国家観や歴史観がなく自分さえよければよいという個人主義。
しかし、個人主義でいうなら米国は日本の本家です。
しかし彼らはいざ戦争になれば国のために断固戦います。
それは個人の幸せのためには国家がしっかりしなければならないから。だから国家のために場合よっては犠牲になることもいとわない。もしくは自己の正義と思えるから自分の信念のためにも断固戦うという個人的な意志もあるやもしれません。
自己の利益のために、また信念のためにも戦うこともあるでしょうがそれ以上に国家観や歴史観をしっかり理解していると思うのです。
いずれにしろ米国は、個人の基盤の元に国家というものがあって、それをみんなで担いでより良くしていくというまさに民主主義精神ではないのかなと思いました。
だから日本も個人主義でもいいんです。
ただし国家という担ぐものがなければ好き勝手に行動し、事が起こると蜘蛛の子を散らすように収拾がつかなくなるものです。
しかし、阪神淡路や東日本大震災の被災者の方々の秩序だった行動もまた日本人の良さとしてあるわけです。
危機が担ぐものを示してくれた、家族、ご近所、地域など一人でどうしようできない大きな問題に個人を超えたより大きな存在を感じ取ったのかもしれません。
秩序はその国の伝統・文化如何によります。
これは今の世代の人間が素晴らしいだけではなく、その秩序を保てる伝統文化、要は先人たちの遺産であると思えるのです。
戦没者に敬意を払うことが、もしかしたら生活保護の問題の解決策の一つとなりうるかもしれないとこの夏の時期に考えてみました。
そのためにはしっかりとした国家観や歴史観を認識することが肝要で、政治家の第一の徳目はここにあるのかなと思います。