惨事便乗型社会主義
最近、「ショック・ドクトリン」という本の影響からか、市場経済を異様に毛嫌いする人が増えた。まあ、ショック・ドクトリンの内容がどれだけ事実かは知らんが、国家社会主義者というのは身内を勝手に市場原理主義者に見たてて、市場原理主義を批判する奴ららしい。
新オーストリア学派の我々からすれば、ミルトン.フリードマン自体、国家統制主義者と何ら変わらない。そもそも、民営化と言っても、それが国家によって統制を受ける形の自由を承認するのならば、実質的に民営化とは言えない。単純に民間を公営化したに過ぎない。彼が唱えたインフレターゲティングや、教育クーポン券、ベーシックインカムははっきり言って自由主義経済を形骸化させてしまう恐れがあるものだ。
さて、フリードマンの事はここまでにしておいて、社会主義者達が批判するショック・ドクトリンというのは、実際には彼ら自身もやってきたことである。仮に便乗型社会主義と呼ぼう。ニューディール政策の際に、ルーズベルトは積極財政をケインズ教の教義に則って行い、不況を先延ばしにしたのは近年の研究から明らかとなってきている。
ドイツのナチスはまさに便乗型社会主義的政策を行い、台頭していったし、ケインズがそれを賞賛していたのは有名な話だ。
はっきり言えば、フリードマンにせよ、ケインズにせよ、ハーベイロイドの前提から脱却できず、経済をトップダウンで運営できるという致命的な思い上がりを露呈したのである。二人とも結局は干渉主義者であり続けた。
こうした驕りは、結局は市場経済を意のままにコントロールできるという発想から生まれる。得てして世の国家統制主義者らは、何かにつけ経済を統制するチャンスが欲しくて仕方ないようだ。