ちょといい話 「アルゼンチンと日本」
明治時代に対等な条約を結んだアルゼンチンは親日国だったりします。
大戦中も日本に対して宣戦布告を最後までしませんでした。アメリカに抗しきれずに宣戦布告した時もペロン大統領は日本人の代表たちを集めて「こういう事態になったが、日本に恨みがあったからではない。
相互防衛条約上、やむを得ぬ措置だった。だから君たちは何も心配しなくてよい。今まで通りの生活を送って欲しい。何か問題があったら、私の代わりに警視総監が処理してくれるようにしてあるから、何なりと言ってほしい」と言い、日本の大使や重要人物はコルドバという観光名所の一流ホテルに入れ、毎日豪華な生活をさせていました。
そして戦後、横浜にアルゼンチンの商船が入ってきたとき、独立国に敬礼する意味で日章旗を掲げて入ってきました。
すると、アメリカの憲兵が乗ってきて船長に「占領下だから独立国扱いはならぬ」と日の丸を下ろすよう命令しました。
すると船長は憤然として「ここはアルゼンチンの領土だ! 貴様には内政干渉をする権利はない!」と一蹴しました。